禁ニコチンの終焉

見事に禁煙に挫折したので今の心境を残しておきたい。禁煙というよりは禁ニコチンになるんだけども、ニコチンからの脱却には失敗した。人生ではこれが2回目となる。

結論

結論から言ってしまうと、喫煙はそろそろヤバいと感じていたけども、ニコチン自体は嫌いになってなかったことが復帰してしまった原因だ。

また、禁煙鬱という問題があった。これは禁煙を始めてから時間が経過しても生活の質が良くなっていかない現象だ。

禁煙鬱は人によっては大丈夫なんだけども、自分は乗り越えられる気がしなかった。主に生産性という面においてだ。

自分の場合はニコチンの支えがあって今の社会的地位が存在している。ニコチンが半分以上を占めていると言っても良い。

世の中には似たような人が結構いて、たとえば禁煙をしてから1年以上経っても生産性を取り戻せないような人も探していたら見かけた。

そういうのを見ている内に、なるほど、これはダメらしいと観念した次第だ。

snus

ニコチンを摂取する手段としては色々とあるが、今のところ最も健康被害が少ないと言われているのはsnusだ。

スウェーデンで愛好されているらしく、飴やガムみたいに口の中に入れておくだけなので、どこでも使用ができる。

ここにおいて喫煙の最大のデメリットである「拘束される環境での苦痛」と「時間的な浪費」という問題が無くなる。

「拘束される環境での苦痛」とは、たとえば電車で移動している時には喫煙できないというような問題だ。

遠出をしたときに喫煙所が見つからないと煙草が吸えないとか、映画館やファミレスでは煙草が吸えないという問題だ。

ニコチン依存症だと、こういう場所でニコチンが切れた時にはとんでもない苦痛を味わうことになる。

snusであればこの問題が解決されてしまう。

また、「時間的な浪費」という問題も、snusであれば口に放り込んでおきながら作業ができるので、特に問題が無い。

ちょっと高いガムや飴玉みたいなものである。

喫煙やvapeと違うのは、ニコチンの効果の出方がそれらと比較してゆっくりであるという点だ。

自分の場合はこちらの方が良い。肺からの摂取は効きが早すぎるし、効果が無くなるのも早すぎる。

アメスピを好んで吸っていたのは、紙巻きタバコの中では時間がかかる方だからだ。

もともと、喫煙の目的はあくまでもニコチンの摂取にあったので、それをゆっくりと行いたいという需要はあった。

禁煙中に、紙巻き煙草よりもsnusの方が自分にとっては合っているということに気づいてしまった。

健康問題

ニコチン関係の話になると取り沙汰されるのが健康問題だ。これについてもほぼ問題が無いとスウェーデンの政府が発表している。

https://www.reddit.com/r/Snus/comments/cbgsjq/snus_faq_new_to_swedish_snus_start_here/

もちろん、健康に悪いという研究結果もあるので恣意的に選ばれているだろうけれども、まあ何を信用するかという話になってくる。

個人的にはスウェーデンという国は嫌いではないので、別に信用しても良いんじゃないかと思っている。

信用する、信用しないというのは人の自由だ。最悪、裏切られても良いとは思っている。

今のところは、「スウェーデンが大丈夫って言ってるならまあ良いか」という感じだ。

健康に関しても、不安要素がほぼ無くなってしまった。



これはアメリカでニコチン関係の会社を運営している人間の話だ。

実際、ニコチンにはメリットがたくさんあると感じている。カフェインにメリットがあるのと同じだ。

色々と調べてはみたが、ニコチン単体が健康に被害があるという研究結果は本当に無い。

もちろん摂取しすぎたら毒にはなるだろうが、それはカフェインとかでも一緒だ。ほぼ無いと見て良いんじゃないかと考えている。

禁煙鬱

禁煙鬱という問題がある。何をしていても気分がパッとしないという問題だ。

これが気分だけであれば別に良いのだけども、生産性にも影響が出てくる。

これに関しては、何人か同じ症状の人を見つけることができた。

特にソースは貼らないけども、自分がネット上で見つけたものの中では

「禁煙してから漫画のネームが全く描けなくなったけども、喫煙を再開したら前みたいに仕事ができるようになった(禁煙1年経過)」

「煙草を吸っているときは小説がたくさん書けたけども、今は全く書けなくなってしまった」

「禁煙うつがなくなったと言い切れるまで6~7年かかった」

みたいな人たちが居た。

これを見てシンプルに、そこまで苦しむくらいなら煙草を吸った方が良いだろう、とは思ってしまった。

もちろん、ここで選択肢が喫煙しかないとデメリットが多すぎる。だけども、単純にニコチンの摂取の問題であったら、解決策はたくさんある。

自分の場合も、たとえば文章が書けなくなったとか、プログラミングができなくなったとか、見る動画の趣味が狭くなったとか、そういう問題が発生した。

1ヶ月ちょっとの禁煙でこれらを体験して思ったことがある。つまり、禁煙鬱というよりは、シラフの自分という者が、そういう存在なんじゃないかということだ。

「シラフの自分」→文章も書けないし、プログラミングもできないし、面白いと思えるものが狭いし、仕事も基本は苦痛

「シラフの自分+ニコチン」→文章は楽しく書ける、プログラミングもスムーズ、色々な動画を楽しめる、仕事もスムーズ

ということになる。

よくよく考えてみれば、禁煙鬱という言葉が悪いのかもしれない。もともと状態の悪い素の自分に戻るというのが正しい理解の仕方だと思えた。

ニコチンのメリット・デメリット

メリット

デメリット

こんな感じで挙げてみると、ニコチンにはメリットばかりがあるように思えてしまう。結果として、自分はsnusユーザーになってしまった。

最も大きかった理由

健康被害だとか金銭面とか、色々と禁ニコチンをする理由はあるんだけども、個人的には生産性の問題が一番大きかった。

一番心が折れたのは、1年以上禁煙をしてもネームの生産性が元に戻らなかった漫画家のツイートを見たときだ。

仕事に直結している部分に影響が出ると、かなり状況はかなり厳しくなってくる。

自分もリモートワークということもあり、メインの仕事はドキュメントを書いたり、プログラムを書くことだ。

ここに影響が出てくると、生きることそのものが難しくなってくる。

そんな目に合うくらいなら煙草を吸ってしまった方が良い。

更に言えば、snusであれば健康被害もほとんど無いという。人に迷惑をかける心配もない。

そんなこんなで、ニコチンは摂取したほうが良いという結論に至った。

次に禁ニコチンをするとしたら、ニコチンの依存性が嫌いになるか、もしくは金が本当に無くなった時だろう。

しかしそんなことが起こるのだろうか、とはかなり疑問に思っている。

身近な例でいうと、カフェインを嫌いになるということは滅多に無い。

もちろん、過剰摂取で死にかけたりしたら嫌いになるだろうけれども、それは気を付ければ良いだけの話だ。

頭ではなく、体をメインで使うような仕事になったらニコチンの効果が嫌になるかもしれない。

いずれにしても、現状においてはニコチンの効果を好んでしまっているので、抜け出すことはできないと思っている。

もしかすると「何かに依存している」ということそのものが嫌になる時が来るかもしれないが、これを解決するにはもう出家するしかない。今だってどっぷりとインターネットに依存しているからだ。

もしくは大病を患ったら止めることはあるかもしれない。大病だったらコーヒーすら飲めないだろうし、これはもう仕方がない。

終わりに

気づいたのは「ニコチンが無いと社会生活が送れない」ということだ。

ベッドの上で寝ているだけであれば別にニコチンが無くても生きていくことはできる。

だけども、労働をして、趣味の時間を楽しんで、前向きに生きていくためにはどうにもニコチンが必要らしい。

これはまさに依存だ。完全に依存している。

しかしまあ、多少は仕方がないなとは思っている。社会が複雑すぎるからだ。

この複雑な社会に適応するために、人は精神科で投薬して貰ったり、カフェインに頼ったり、ニコチンを摂取したり、筋トレをしたり、ネットポルノに依存したりと、色々な方法を取っている。

適応できない場合はどうなるかというと、死んでいる。最近もADHDを苦に自殺した若者がTwitterで話題になっていた。

結局は「死ぬよりはマシ」で考えていくと良いのかなと思っている。

理想を言えば、全ての依存を断った上で社会で楽しく生きていきたい。しかしながら、事実として自分はそんな強者ではない。

ならばニコチン依存症として楽しく生きていくのが正解だ。死ぬよりはマシということだ。

まぁ、あまり理想を見つめない方が良いのかもしれない。健康に被害が無いようにしつつ、日々をどう楽しく暮らしていくか、ということを前向きに考えていこうと思う。