新しい試みの最初のハードル・乗り越え方

何かこうパッとしない生活を送っている。絵を適当に描いたりとかnoteを適当に書いたりとかはしているけれども、特に物事に進展があるような気はしていない。まあ楽しくてやっていることなのでそれはそれで良いんだけども、気分的に盛り上がるということがあまりない。

いや、あるのか? noteを書いている時に気分が高揚したりしていたし、絵を描いている最中は割りと楽しかったりする。でも何もしていない時間というのはかなり身に応えてくる。何かを打ち消すために何かをしている感じはしている。

動画制作してみたいものの

アウトプットをしていないと不安になるということもあるかもしれない。最近は「動画制作をやってみたい!」と思って動画を作ろうとしたんだけども、どこから手を付けたら良いのか分からずに途方に暮れている。例えば絵を描くとしたらとりあえず模写をしていれば何となく絵を描いている感じになるんだけども、動画を作るといった場合には何から手を付けたら良いのか分からない。

分からないとどうなるか。何をやるでもない時間が過ぎていく。それによってますます気分が悪くなってくる。基本的には、何かをやっている最中というのは不安が無い。なぜなら目の前のことに集中しなければならないからだ。そういった意味ではこの日記を書いているのも精神衛生を保つ為の1つの手段なのかもしれない。

なんか生産的な行為を現実逃避としてやっている気はしている。まぁ、現実逃避であれ何かしら作れるのであればそれはそれで良いんだけども、問題は動画制作みたいにどこから手を付ければ良いのか分からないものの場合だ。どうしたものかな。

そうやってウダウダ考えている暇があったら手を付ければ良いんだけども、どこから手を付けたら良いのか分からないのでどうしようもない。うーむ。

最初のハードル

方法論を確立していく最初が一番キツイ。例えば絵の場合でも模写はともかく、自分の好きなものを描くとなった時にどうすれば良いのか途方に暮れていた。気合でなんとかした記憶がある。最初のハードルが一番キツイ。

絵であれば最初の構想があってそれを何かしら線で描いて整えていけば良い。動画の場合は色々な要素がある。主に画面と音と構成だ。完成させるために求められる物の次元がかなり異なってくる。

色々と調べてみると構成が一番大事らしい。それはそうだ。音と画面なんてものは構成ありきのものだからだ。とはいっても構成をどうすれば良いのかってなるとまたこれが難しい。考えるのを辞めたくなってくる。

結局1人にならないといけないのかなぁとは思ったりはしている。youtubeは見ないとか、ラジオは聞かないとか、人の声を聞かないようにして1人になって眼の前のことに集中しないといけないのだけど、最近はそれができていない。

いや、できているか。普通に絵とか文章とかを作る場合にはそれができている。なぜならやり方を知っているからだ。単純に動画制作はやり方を知っていないからやる気にならないのだろう。なんとかして最初のハードルを超えないといけないなぁとは思っている。

時間を費やす

絵の時はどうしてたかなぁ。とりあえず何も考えずに時間を費やすことだけに集中していた。方法論とかを考えるのではなく、例えば一日のうち数時間は絵というものに費やす、という形でやっていた気がする。時間を投入すればそこに何かが産まれる。そこを足がかりにして段々と方法論を確立していく、といった形だった。

とにかく時間を投入しないとならないらしい。何かしら他のコンテンツに逃避していても何にもならないな。やりたいと思ったことに時間を投入する。これがまあ上達の秘訣かもしれない。ゲームに時間を使うように、ただ動画制作というものに時間を使えば良いのだろう。

それができないのは単純に不安だからだろう。やり方が分からないものほど不安なものはない。やり方が分かっていればまあ以前の延長線で何かしらできるけれども、それが無いのであれば不安だ。その不安を押し殺してただやっていくことが大事なのかもしれない。うーむ。

時間を費やすとは何か?

時間を費やすとはどういうことかと言えば、それを作るための作業をひたすらこなすということだ。youtubeやtwitterは開かないし、アニメを見たりもしないし、ただその作業だけをやっていく。例えば絵を描くとなれば音楽を流してclip studioを開いてただペンを走らせれば良い。その時間をどれだけ増やせるかという問題にはなってくる。

動画制作であれば動画全体の流れを文章か何かしらでまとめて、素材を集めて、それを動画編集ソフト上でどうにか組み合わせるというのがまあやることだろう。それを1つ1つやっていかないといけないのだけども、まあ怖くて他のものに逃避してしまうわけだ。そこをどう乗り越えれば良いのかと言えば、気合と根性だ。

やっぱ何かを始めるハードルの一番重いものって恐怖だなぁとは思う。未知への恐怖というか。よく「恐怖はワクワクでもある」みたいなことを言うけど、本当にそうか?とは疑問に思ったりする。気合で恐怖をねじ伏せるとワクワクになるんだろうか?

自分の場合は無感情になるのが作業には適している。なんか心の中にある恐怖を感じる部分を殺すというか。高い場所に行くと怖いけれども、それをビビり散らすんじゃなくて、ただ心に生まれたものをただ殺す、というのが必要になってくる。暗い場所で唐突に怖くなったときに、パニくらないように脳の高い部分に血を送りこむというか、そんな感覚で感情を殺す。

まず始めはそうやって始めないと何事も始められないなとは感じている。これをやりすぎると無感情になって人生が楽しくなくなってくるので、何事もバランスが大事ではあるんだけども。うーん。

新しい数式を是が非でも理解しなければならない、となっているような状況と同じコンディションに自分を持っていかないといけないのかもしれない。安楽な場所に居て、今まで通りのことをやり続けているのが一番楽なんだけども、それだと段々と行き詰まってくるんだよなぁ。生きるというのはなかなか大変だという感じもする。

まあ後はただやるかやらないか、という感じなので、やっていくしかないでしょうね。ハードルだけは何としてでも超えたいところではある。