低い刺激の重要性

どうにもキャンプに行ってからやる気が低迷している。単純に体調が悪いというのもある。かなり体力を消耗したのと、普通に悪寒が走るタイミングもあったりで風邪を引き気味なのかもしれない。花粉症もキャンプに行ってから悪化した。

体力的には散々な目にあっている。出かけるたびにこうした思いをしている気がする。前回は東京に牡蠣を食いに行ったらその後1ヶ月くらいは咳が止まらなくなった。家に引きこもって何もイベントなく過ごしている時が一番調子が良い。

大事なことは低刺激な生活に慣れることなんじゃないかと思っている。強い刺激を求めてしまうと、往々にして生活リズムは崩される。それはyoutubeもそうだし、面白いアニメもそうだし、ゲームもそうだ。中毒の状態になると普段の生活は成り立たなくなってしまう。

3月は戦争もあり、戦争情報中毒のようにはなっていた。情報を摂取するのは楽しい。ドーパミンが出る。去年の2月あたりも仮想通貨にハマっていたし、どうもこの時期というのはそういうのが起こりがちなのかもしれない。寒すぎて外に出る機会が少なくなると、情報に刺激を求めてしまいがちだ。あまりよろしくない。

冒頭のキャンプの話に戻ると、キャンプというのは強刺激の部類に入る。一般に、キャンプといえば都会の喧騒から離れて静かに暮らすものだと思えるけれども、普段は家の中に居る人間からすると十分に強刺激だ。自然界に放り出されて、テントの中で凍えながら寝ることになる。それが低刺激であるはずがない。

そもそも旅行的なものは全て強刺激である。普段の生活に飽きるから旅行に行っている。刺激を求めてないわけがない。

それなら刺激を求めることが悪いことなのか、という話になるが、現状だとあまり良くはないんじゃないかと思っている。刺激があっても良いことはない。脳が満足しなくなるだけだ。極端な例えを出せば、覚醒剤みたいなものである。楽しくない作業ができなくなる、という点においてはデメリットがある。

気分転換には良いのかもしれないが、気分転換なんて本当にゆったりしたもので良い。十分だ。あまり強い刺激を脳に入れても本当に良いことはない。もう若くはないし、それによって得るものは年々少なくなってきている。

低刺激に慣れることが大事だ。この日記を書く作業なんて、ほとほと低刺激である。何一つ脳が満足することは起こらない。それでも書き終えると静かな満足感がある。そういうのが日常では大切だ。

絵もそうである。あれも低刺激な作業の連続から成っている。淡々と手を動かし続けるだけだ。刺激が強いかと言われたら確実に低い。でもそれに満足しながら作業しなければ、絵は完成しない。

個人的に日常から低刺激に慣れるのに一番良い方法は瞑想だ。瞑想をしておけば間違いない。なぜなら瞑想が最も低刺激な行為だからだ。瞑想よりも低刺激なものは存在しない。瞑想に比べれば、この日記を書く作業だってとても強い刺激となる。脳は相対的にしか物事を認知していない。

あとは、スマホを持たずにタバコを吸うのも1つの手段としてある。タバコの時点で強刺激な感覚はあるが、だからこそタバコだけで十分なのだ。タバコを吸いながら何もない空間を眺めているのに比べたら、この日記を書く作業だって面白くはなってくる。

ダイソンスフィアプログラムみたいなゲームは決してプレイしてはいけない。もう脳が破壊されてしまう。1つ1つの作業をするたびに、脳から快楽物質がドバドバ出ているのを感じる。ああいったゲームをプレイしないことも大切だ。前も書いたけども、10時間くらいで終わる名作なんていくらでもある。短時間で終わらせるのが大事だ。

いずれにしても、脳が強い刺激に破壊されている感覚がある。これを修正するのも時間がかかる。あまり強い刺激に慣れないように注意したい。なんか今年に入ってからロクに作業できていない気がする。どうにも疲れています。疲れを取って活動的になりたいところだけども、どうなるのかな。