最近の報告

久々に早起きをしたので日記でも書きます。とは言っても最近は特に変化もないので書くこともありません。ただただ眠いだけで生活しています。

今日早起きできたのも夜の11時ごろにめちゃくちゃ眠くなって寝てしまったからです。朝の11時頃に寝て夜の11時に寝るような暮らしをしています。こんなに眠いだけの生活ってあるんだ。寒いのと眠いのだけが感情として存在している。

最近は日記欲というものがありません。というのも、頻繁に知り合いと通話をしているからです。喋りたいことを喋ってしまっているので、日記として吐き出したい欲が無いのかもしれません。この日記はリモワになって人と会話する機会が激減したから生まれたんですが、人と会話する機会が蘇ってしまったらモチベーションはそこまで無いのかもしれません。

今はエルデンリングの発売だけを待ち望んでいます。欲求の9割をあのゲームに吸い取られている感じがします。「エルデンリングをやりたいな」という気持ちが9割、残りの1割が「眠いな」の睡眠欲です。そんなんだから別に日記へ書くことが無いんだ。

一応絵の話をしておきましょう。絵については淡々と描けてはいますけれども、一時のような気持ち的な盛り上がりはありません。絵についても日記と同じかもしれない。暇だから書いている(描いている)感じです。時間に余裕があれば描くし、余裕がなければ描けません。

あと1枚絵を描くのもだいぶ飽きたなという感覚があります。やはり以前やっていたようにマンガを描くのと1枚絵を描くのを交互に繰り返す形が良いかもしれない。なんか1枚絵をきちんと仕上げようとするのって、結構な精神力を使うし、方向性が一緒だから飽きるんですよね。

絵的なものってPCでやれるものを挙げると、1枚絵、マンガ、3Dモデリングくらいしか無いと思っているんですが、そのどれでもあってもずっとやっていると飽きてくる。それを考えると色々と手を変え品を変えで飽きないように工夫するのが大切な気がします。

あと個人的には絵がうまくなりたいとはそこまで思っていません。半年前に比べたら一応は「絵を描いている人の絵」が描けるようになってきましたし、知り合いに見せるときの感覚も「絵といふものを始めてみたょ」から「また1枚アップしたわ」くらいにまで摩耗してきました。これはもう趣味としては一定の段階に達したと言えるでしょう。

プログラミングとかも同じです。仕事でも始めは「こんなんですけど、どうなんでしょう・・・?」という気持ちから、今では「はい」くらいになっているので、感情はありません。感情が無くなったら慣れた証です。

1枚絵についてはそんな感じで、マンガについては気持ち的にまだそこまで慣れていないので、そこに上達の余地があるかなと思っています。気持ち的に新鮮でいることが何事も大事ですね。そうじゃないと続かないとは思っています。

バイク

バイクなんですが寒すぎて12月の頭くらいから乗っていません。これについてはもう仕方がない。バイクって乗り物は自分にとっては散歩の延長線上にあります。自然と散歩をしたい気持ちになる気候じゃないとバイクに乗ろうとは思えません。

なんかこれも別に無理する必要は無いと思っています。どうせ暖かくなったら家に居るのがもったいない気がしてきて、自然と乗るようになると思います。家に居るのがしんどくならないと乗れないですね。今は外がしんどすぎるので乗っていないという感じです。

北風は凄まじいし、そもそも自転車でコンビニまで行くのですらとてもつらいです。ラーメン屋もちょうど行けるタイミングの時に風がつよすぎたりして行けてません。あまりにもつらい。北風の向かい風に抗いながら自転車を漕いでいると、この世の全ての意欲と生命力が失われていく感覚があります。

公園に行きたいな、というような気持ちがないとバイクは乗れません。12月と1月はだめですね。外にすら出たくない。2月の後半になったらなんとかワンチャンあるかもしれません。

アニメ

最近は知り合いとよくアニメを見ています。見てみると面白いものってたくさんありますね。結局、人気のある作品は面白いし、そうでない作品は面白くない、というのが実感です。あとは細かい人それぞれの嗜好というのはありますが、とはいっても人気ランキング上位の作品を見ておけば間違いありません。

なんかもう面白いものって見る前から分かるというか、視聴者の見る目も肥えているので、人気がほぼ作品のクオリティを表していると言っても過言ではありません。

いまだと鬼滅の刃が1位ですけども、1位であるだけのクオリティの高さはもちろんあります。王様ランキングとかもそうですね。それだけのクオリティがあります。基本的には人気のものから順に見ていけば間違いなく面白い作品に当たると思っています。

映画とかドラマとかも同じです。よっぽど特殊な嗜好をしていたり、なんらかの拘りがあれば別ですが、特に何も考えずに暇つぶしとして見るのであれば人気順にあたっていくのが間違いありません。話題になっているものって本当に面白いんですよね。

10年前くらいはそんなこと無かった気がします。話題になっているものにもクオリティの落差があったと思います。いまはもうNetflixやAmazonPrimeで好きなだけ好きな作品を見られる時代なので、視聴者も比較がしやすいのでしょう。本当に話題になっているものを見ておけば間違いないです。

最近だとスターウォーズのマンダロリアンがめちゃくちゃおもしろかったです。これもスターウォーズ系の人間は「必ず見ろ」と言ってくる作品です。スターウォーズとして見なくても面白いです。とにかく面白い。自分はこれでスターウォーズ熱が発生しました。Twitterのアイコンもマンダロリアンに変えました。

気持ち的に汲々としてきたら本当に「ランキング1位」のものを見ておけば良いんじゃないかなという気が最近はしています。鬼滅の刃とかも最新話はすごかったです。なんというか、「スゴい」のレベルが何段階か切り替わったなと思います。「クオリティ」というものがワールドワイドになったというか。

いまの時代、「面白いもの」にアクセスするのは酷く容易になったなと感じます。その上で「面白いってなんだろうか」とも思ったりもします。「面白い」=「そのために金と時間を払える」って感じなのかな。スターウォーズのドラマシリーズのためにディズニープラスに課金しているので、そういうことかもしれません。あとチェーンソーマンが連載していた時代はジャンプに課金していました。まあそういうことなんでしょうね。

面白いもの

別に世の中に面白いものは溢れているし、暇をつぶす方法はそれこそ無限にある中で、自己の趣味趣向を定めていくのって難しいなと感じたりはしています。無限の選択肢ってのは人の感情を摩滅させる。

無限にやることがありすぎて、逆にやることが無くなったが故に絵を描いているのかもしれません。面白いものを見すぎると疲れますからね。無になっているくらいが丁度良いのかも。

この歳になってくると分かりますけども、仕事ってのは無になるための道具だなという感じがします。眠い時にやらされるとストレスですが、眠くなければ特にストレスはありません。ただ無になるだけです。

絵も同じですね。なんかやってると面白いというよりは、どうやって組み立てていくかを考えるので無になりがちです。自分の場合はどうしても言語的な思考が思考であり、構造的・映像的な思考は夢って感じがするので、無という感覚が否めません。

夢を見ることは楽しいことだろうか? という疑問があります。夢を見るよりも処理をすることに楽しさを見出しがちです。どちらかというと事務的な人間なので、あまり創造に力を注げないのかもしれないですね。

夢を垂れ流せるようにすればいいんだろうか。もう少し言語的な抑制を弱めてみたいなという気持ちはあります。酒を飲みながら絵を描く人が多いのはここに理由がありそうだな。自分の場合は飲酒をすると逆に言語的な機能が高まってしまうので飲めないんですけども。

まあとにかく色々と続けていきたいですね。続けていれば何かしら分かることもあるとは思うので。別に成長が無くとも新しいことができなくとも、続けていることが大事です。この日記と同じ。「やっていればなんか面白い発見もあるんじゃない?」の感覚でやっていきたいですね。