加藤純一が炎上した件

について思ったことを書こうかなとしたんですけど、なんかどうでも良くなってきました。インターネットが世間一般と化してしまったということなんでしょう。利用者が増えれば増えるほど特別感は消えていく。ただそれだけなような気がしています。

前々からインターネットは面白くなくなった、的なことを書き続けています。それなら面白いものはなんなのか? アウトドアになるんじゃないでしょうか。外に行って何かしら活動するのが一番面白いですよね。ゲームをするのも面白いかもしれませんけども。映画を見るのも面白いかもしれません。

「インターネットをする」という概念が消えてなくなったのかもしれません。未だにそういった概念に囚われているような気がします。インターネットはインターネット自体で価値があったし、文化的な意味合いがあった。それが消えて、インターネットというインフラを使って何かをする、ということに代わって行ったのかもしれません。

つまりは現実世界でもできることをインターネットを使ってより便利に行う、ということにのみ焦点が当てられている。別にインターネットがあるからといって世界は変わらないし、あくまでも世間で行われていることがインターネットを通じてより活発に行われるようになったというだけです。特有の文化みたいなものはもう無いんでしょうね。

そんな感じで生きています。じゃあまあ4連休をこれから何をして過ごすかというと、特に何も思いつきません。バイクも実家に置いてきてしまったし、お外は暑いし、絵は長時間描いてられないし、プログラミングも特にやる気ないし、漫画も読みたいものも無いし、映画も見たいものがありません。マジで茫漠とした時間だけが残されています。

こういうときに夢中になれる何かがあればなぁ、という気がしますが、僕なんて暇があったら”インターネット”をやっていただけの人間なので、特にやれることもありません。どうしてこうなった。

でも暇なのは良いことですね。そういえば引っ越しの荷物詰めをやらなくちゃいけないんでした。よく考えたら引っ越しまで2週間を切っていません。その準備をしているだけで良いのかもしれません。

実家でこれだけ暇な時間があったら、自転車でどっかに行ったりとか、まぁバイクで適当な山地に行ったりするんでしょうけれども、そういった外での暇つぶしが無くなると本当にやることってないですね。昔は小説を夢中で読んだり、みたいアニメが尽きなかったりしましたけど、これも老いなんでしょう。

インプットは足りてないんですけれども、じゃあ無理矢理にインプットをすべきなのか? 喫茶店なりに行って本を読むべきなのか? と考えるとそれもまた違うような気がしています。マジで外での過ごし方を確立していません。昔って何をやっていたっけ?

大学生の頃くらいまではそれこそ”インターネット”をやっていました。未知の文化がある限りはインターネットを楽しめた気がします。今はもう未知の文化を見つけられません。未知の個人はいくらでも見つかりますけどね。未知の文化は存在していない。

院生の頃は淫ク☆にハマっていましたし、前職の頃は転職しようと思っていたので忙しかったですし、東京に居た頃はプログラミングに励んでいました。今は? と考えるとバイクくらいしかありません。そのバイクが今は無いので本当にやることないですね。

中学生前後のときはネットゲームが面白かったです。FPSも面白かったですね。でもそういうのも飽きました。やっぱ絵を描くくらいしかないのかなぁ、とは思います。

昨日は院時代の先輩と少し話をしたんですが、その先輩も虚無虚無プリンだと言っていました。プライベートを楽しもうと思ったら別にやることなんてありません。仕事はいくらでもあるかもしれませんけどね。別に仕事がしたいというわけでもない。

詰んでるといえば詰んでいる気がします。例えば絵を描くことを「めちゃくちゃ面白い」と認識することは可能なのか? ということです。そもそもこの世界に「めちゃくちゃ面白い」ことなんてまだ存在するのか? という疑問もあります。

昔はいくらでも「めちゃくちゃ面白い」ことが転がっていました。まぁ若かったからなんですかね。興味の方向も多岐に渡っていました。それが今となってはもう、という感じです。

あとはもうあれですね。実家に帰って食虫植物を栽培するくらいしか興味のあることはありません。一応ありましたね、興味があること。普通に食虫植物を栽培して量産したいです。それくらいしかやりたいことはありません。あしからず。

どう生活すべきか

インターネットを断って自分の世界に篭もる。これが正解です。ただ純粋に自分の好きなコンテンツをたまに摂取しつつ、それに飽きたらバイクに乗るなり、絵を描くなり、食虫植物を栽培するなりして生活していく。それ以外に道はありません。

もう少し脳をフワフワさせるのが大事かもしれません。緊張を強いられている物事を楽しめませんからね。肩の力を抜いて、ただボケッと楽しんでいく。そこに価値や切迫感を与えてしまうと、楽しいから義務に変わっていきます。今の自分が脳みそが空っぽでないのかもしれない。

もうちょいどうでも良い感じにするのが良いのでしょうね。それがどうやったら実現できるかは分かりませんけど。

Twitterのニュース欄とかを見ない方が良いのかな。でもTwitterを開くとどうしてもそういったところまで目がいってしまいます。ならばTwitterをあまり開かないようにすればいい。どうしても呟きたいことがあるときだけ開けば良い。これさえ徹底していればどうにかなるかもしれません。まぁ頑張ってみます。