藤本タツキは天才

藤本タツキの読み切り『ルックバック』を読んで、本気で天才なんだなと震えてしまいました。あまりにも天才すぎる。チェーンソーマンを毎週読んでいた頃から、毎週のように藤本タツキは天才だったけれども、今回の読み切りで違う領域に行ってしまった感じがある。

チェーンソーマンはあくまでもエンターテイメントとして天才だった。毎週のように次の展開が気になっていたし、なんなら1ページめくるごとに次の展開が楽しみだった。連載されている漫画の中で最も面白かったので、自分は藤本タツキは最高だと思っていた。

今回の『ルックバック』はそういう意味で最高ではありませんでした。なんというか、人の精神や魂を救済していた。祈りの結晶化みたいな作品だった。

正直あまりに凄すぎて、凡夫たる自分がなんかしらの感想を言っていいのか? と思わされてしまうレベル。極端な例だけどモナリザについて自分がなにか言えるかといったら言えないじゃないですか。それと似たようなものを感じさせられてしまいました。

昨日がちょうど京アニ事件からちょうど2年の節目だったこともあって、自分も昨日は追悼をしていました。10代の頃は別にそこまで熱心なファンというわけではなかったですが、なんだかんだ20代の頃はなんだかんだ楽しませて貰っていたので、色々と思うところがあります。

メイドラゴンSを視聴するのが結構怖かったです。色々と思い出してしまうし、なんらかの遜色や欠落をそこに感じてしまったら、まぁ楽しい気持ちになるためのアニメで陰鬱な気分にさせられてしまうからです。

自分はちょうど金曜日に勇気を出してメイドラゴンSを視聴しました。普通に楽しめたんですが、それはそれとしてモヤモヤとしたものは残っていたように思えます。正直に言ってしまえば「あの事件が無かったらもっと面白くなっていたのでは」という気持ちです。

こんなの、どうしようもないと言ったらないんですが、正直に言ってそういった気持ちが湧き上がってしまいました。あー、という感じですね。「めちゃくちゃ面白くて最高!!」になれたら良かったんですけど、どうしても意識がそちらに向いてしまうというか。なかなかどうしようもないですね。

なので、日曜日は追悼などをしていました。祈るしかないからです。起きたものは起きたものとして、ならばその後はなるようになるしかない。部外者の自分としてはただただ祈るしかない。そんな感じでした。

そうやってあまり良い気分ではなく1日を過ごしていたんですが、藤本タツキの『ルックバック』を読んで衝撃を受けました。端的に言って、あれを読んでかなり救われた部分がある。自分としてはある種の感情に向き合っていたつもりでしたが、それだけではまだすくい取れていない部分があった。その残りを『ルックバック』がうまいことすくい取ってくれた感じです。

あれを読んで思うことは人によってまちまちだと思うんですが、正直なところたくさんな人が正面から向き合いたくない問題に向き合って、あのレベルの作品に昇華した時点で藤本タツキは天才だと言わざるを得ません。

自分は「(藤本タツキにとって)漫画を描くことは祈りであり、だから漫画を描くしかない」といった解釈をしました。人によって色々とやれることは違いますけれども、人は最終的には祈ることしかできません。祈りこそが人の営みの中枢にあるのかなとすら思いました。

また、真正面という意味では、犯人の姿をきちんと描いていたのがスゴイと思います。あそこまで真正面から描ききれることがスゴイ。チェーンソーマン自身と同様に、藤本タツキ自身も悪と対峙しているんだなと感じさせられました。

自分もほんのちょっと絵や文章を書いているから分かるんですけど、ああいった”悪”って向き合いたくないし、描きたくないんですよね。なぜなら消耗するから。美しいものは描いていたいかもしれないけれども、悪いものからは目を逸したいから描きたくない。けれどもそこをきちんと真正面から描いている。そこがスゴイ。

ある種の”悪”を真正面から描いているという点で、自分は村上春樹を思い出しました。村上春樹は多少昔の人間なので描いている悪は過去に蔓延っていたものです。たとえば地下鉄サリン事件に真正面から向き合って、それを作品に組み込んだりしています(『アンダーグラウンド』や『1Q84』)。藤本タツキは現代の悪と真正面から向き合っている。そこがもう作家として傑出しているなと思います。

天才だし、覚悟が違うなと思います。藤本タツキくらいになれば天才だし、別に他に面白いものなんていくらでも描けるはずだからです。そこをあえて、現代の”悪”と真正面から向き合ってきちんと描いてきた。漫画にかける思いと覚悟が違っているので、そこには畏敬すらしてしまいます。すごい。

でも藤本タツキ自身にも祈りたい気持ちがあったのかなと思います。10代の頃からの熱心な京アニファンんだったらしいですし。そうなるとあの『ルックバック』という作品は、藤本タツキの祈りがそのまま漫画になったものです。

ある種、この2年間はアニメ・漫画業界も微妙なモヤモヤ感が漂っていたように思えます。京アニ事件のショックが2年間で癒えたとは思えません。けれども、メイドラゴンSの開始、そして『ルックバック』の二つを組み合わせてようやく一区切りが付いたように感じられます。

我々がどうすれば良いのか、事件に向き合っていくにはどうしたら良いのか、まあ祈るしかありません。『ルックバック』からは「フィクションじゃなくて現実で生きている限り、祈り続けるしかないんだよ」と自分は言われているような気がします。