実家に帰ることを決める

実家に帰ろう

実家に来ています。特にやることが無いので日記を書きます。

一人暮らしを始めてかれこれ6年目ですが、そろそろ実家に住所を戻そうかなと考えています。というのも、フルリモワになってどこに住んでいても生活が変わらないのと、バイクを買ったことで行動範囲が増えたからです。

実家はそこそこの田舎にあるので行動手段が無いと何もできません。バイクがあればまぁまぁ色々な場所に行けるので、帰ってきても不便は無いかなと思います。

あと前々から田舎に住みたいと思っていましたが、いま住んでいる場所は千葉県千葉市であるため、田舎であるとは言えません。実家はコンビニまでチャリで10分くらいかかるような田舎なので、もう実家=田舎で良いんじゃ無いかと思った次第です。

実家に戻って来れば色々と生活費が浮きます。具体的には家賃光熱費食費を合わせて最低でも10万円以上は月々浮くことになります。いくらかは親に上納するにしても、それでもだいぶ使える金は増えるんじゃ無いでしょうか。

この金で何をするのか? 自分は旅行をしようと思っています。家にいるにしろ、実家にいるにしろ、同じ場所にいると人は飽きます。今まで自分は飽きに対抗するために色々な手段を取ってきました。バイクに乗ってみたり、日記を書いてみたり、絵を描いてみたり、動画を撮影してみたり。

でもそのどれもが自分の中の飽きを解消するに及びませんでした。それでは飽きないような忙しい生活をしたいかと問われたら、それも嫌です。東京にはもう二度と住みたくありません。

となると、最後に残ったのは旅行しかありません。とにかく旅行をしていれば、なんらかの形で飽きている感覚は満たされるんじゃないかと思っています。旅行に飽きたら? それは分かりません。飽きた時に考えれば良い話です。

でもそうそう飽きないんじゃ無いかと思っています。自分の過去の記憶をザッと思い返してみると、それはほぼ9割以上が旅行をした時の記憶です。大阪に行ったり、なんか友達と東北に行ったり、海外に行ったり、どこでも良いんですが旅行した時の記憶しか残っていません。

自分はどうも旅行的なことをした時にしか人生への記憶力が働かないようです。ここ1年は旅行や遠征をほとんどせずに過ごしてきました。そのせいで時間の感覚が異常になっています。それを元に戻したい気持ちです。

人生はどう動き出すのか

まぁ、実家に帰ったりその後の計画についてはひとまず置いておきましょう。なぜ実家に帰ろうと思ったのかについて書いていきます。

これも唐突なんですが、ふとした瞬間に「そうだ実家に帰ろう」と思いました。具体的に言うとITエンジニアがしょうもない仕事で30万円もらっているyoutubeの動画をみて、嫉妬でイライラしている時にそう思いました。

怒りのエネルギーってスゴイですね。僕の場合は怒りのエネルギーで人生の大半の選択を行なってきたように思えます。イライラする、アドレナリンが出ていると何だか行動できてしまいます。

あとワクチンを打った影響で体調を崩したことも効いているようです。なんでワクチンを打ったくらいでこんな目に合わなければならないんだ、という怒りの感情があったように思います。

それらが混ぜこぜになって、最終的に「実家に帰ろう」として出力されました。前々から考えていたことではありますが、それを実行に移すには体力が要ります。引っ越しも楽ではありません。それらを乗り越えるだけの決意が出てきた。

決意ですね。何かを決断する意志です。そういうものが出てきました。自分もだんだんと穏やかな性格になってきて、世の中の大抵のことはどうでもいいし、何かに対して怒ることもありません。たまに怒ってこうやって行動することがあります。

逆に言えば、怒らないと行動ができません。なぜなら現状維持が一番楽だからです。その現状維持を打破するためには、何かに対してキレないといけません。自分の場合は一貫してそういう人生を送ってきました。

今回もうまいこと怒れたので実家へ帰ることの決断ができたようです。実行に移すのは1ヶ月後など、2回目のワクチンを摂取した後になりそうですが、これだけ決意が固まればほぼ確実に実行に移せることでしょう。

とりあえずは物を捨てるなど淡々と準備を進めつつ、後のことは後になって考えようと思います。今は今でどうにかなっていますからね。重要なのは心構えであって、実際の準備はそんなにしなくて良いと思っています。どうにかなりますから。

実家は暇ですね。この暇さは重要だと思っています。あまりに暇だとイライラしてきて、何かしら行動を起こしたくなってきます。

自分が東京にわざわざ出るようになったのも、この暇すぎてイライラしている状態が続いたからだと思っています。逆に地元から出ずに過ごせている人たちは暇すぎてもイライラしないのかもしれません。

今は暇すぎても東京に行きたいとは思いません。東京にはもう飽きているから当然ですね。暇すぎて日記を書いています。

この”暇”というもので何かしら行動をしていきたいものです。暇を受け入れる努力。暇というものは現代ではいくらでも潰す手段があります。インターネットで映像作品をみたり、ゲームをしていれば何時間でもすぐに潰せます。

それをせずに暇を享受する。そうすれば何かしら作れたりするんじゃ無いでしょうか。この日記もそうですね。Webサービスなり動画なり絵なり、何かを作れば良いと思っています。

いまはこの”暇”を資本主義社会的な方向に使うことはあまり考えていません。それにも飽きてますね。例えば年収を上げるとか、そういう方向性です。めちゃくちゃ飽きてます。

飽きないものが良いです。日記なんてのは飽きないですね。なぜなら毎日書く内容が違ってくるから。なんやかんや書くことは毎日ありますし。

絵も音楽も良いですね。プログラミングも仕事でやらないのであれば良いかもしれません。そういう飽きないものだけでどうにか生きていきたいものなんですが、なかなか難しいです。

昔、自分が中学生の頃ですが、『ニートで暇すぎて頭にきたからネトラジやる』というネトラジが好きでよく聞いていました。ここに本質的なメッセージが詰まっていたのかもしれません。

暇すぎて何かやる、ってのが人間の行動の本質なんじゃ無いでしょうか。忙しかったら何もできませんからね。あまりに暇だから何かをやってしまう。そこにだけ意味があるような気がしています。