1人になること

1人になるとは

なんやかんやと忙しくて日記を日中に書けませんでした。というよりは起きるのが遅すぎるのが悪かったですね。起きたら昼間になっていて、ちょっと昼休みに忙しくしていると日記を書いている時間なんてありません。

なんだか今日は胸にモヤモヤが溜まっていた感じだったんですが、日記を書くという習慣を切らすとこうなってしまいます。もう僕には自分の話を気軽にできる相手がここの日記しかないからです。2時間とか3時間とか話がしたいんですが、それができない日が続くと気が狂いそうになってきます。

とはいっても特にこれといって言いたいことは無いんですけどね。コミュニケーション欲求かもしれません。明確に伝えたいことが無かったとしても誰かと馴れ合いたい。そういった気持ちがあるような気がしています。

1人で居るというのは大変です。たとえばテレビを1人で見ている時というのは、1人のようでいて1人ではありません。読書も一緒です。そういう行為をしている最中は別に1人というよりは、コンテンツ対自分という感覚です。

インターネットもそうですね。Twitterをやっている時は別に1人ではありません。なんらかの配信を見ている時もそうです。これだけ配信というものがネット上で人気の分野になったのも、孤独な人間がそれだけ増えているからでしょう。

昔はテレビを1人で見ている時は1人で居るもんだと勘違いしていました。本当に1人なのは、スマホも持たずにネット上のコンテンツも見ずに居るときだけです。多分動画を見ていると脳が孤独でないと勘違いするんだと思います。

だとすると音楽やラジオもそうですね。耳から人の声が聞こえてくるだけで孤独ではない状態になっているのかもしれません。

ならば1人でいるのはどういう時になるのか? 例えば誰も居ない外界を1人でスマホを見ずに散歩をしているときは1人です。あとテクノみたいなボーカルの入っていないBGMを聞きながら日記を書いている時も1人だと思います。寝る時も1人ですね。

あとアクションゲームやシューティングゲームをしている時は1人な気がしています。RPGなんかだと登場人物がたくさん出てくるので1人ではありません。自キャラを操作してマップを攻略している時は1人です。JumpKingなんかをプレイすれば孤独を味わえると思います。

まとめると

孤独

などなどとなります。なお、これらをしながらラジオを聞いていたら孤独にはなれません。

この中で敷居が低いのはアクションゲームかもしれません。まぁアクションゲームが厳密に孤独な作業かと聞かれたら微妙なラインではありますが。でも他のゲームに比べたらだいぶ孤独感は味わえると思います。よく考えたらシミュレーターやパズルも孤独かもしれませんね。まぁいいや。

上の一覧を見てみると現代では継続するのが困難とされるものばかりです。最近になって思うのは、ある程度自分のことを好きな人間でないと孤独にはなれないかもしれません。自分のことが嫌いだったら自分と向き合うよりも他の誰かのことを見ていた方が楽しいですからね。

あと不安や恐怖があると孤独になるのが非常に困難となります。1人になると途端にそれらが心の奥底から溢れて出くるからです。そういったものが制御された状態でないと1人は耐えられません。

ひろゆきの動画なんかを見ていると非常に気分が楽になります。スゴイですね。だから逆に見ないようにしています。砂糖と一緒だからです。正直みたいという気持ちを圧し殺しているという状態ですね。全く見たくない訳ではありません。

加藤純一の切り抜き動画なんかは飯を食っている時なんかに見てしまいます。そういう時はまぁ良いかと精神を緩めています。それくらいは許さないと逆に気が狂いかねないからです。

そういう感じで、孤独な作業と非孤独の間を日々綱渡りしながら生きながらえています。だからなんだという訳ではないですが、なんとなくまとめたくなったのでまとめてみました。絵を描くのとかも別に絵を描くことそのものがつらいわけではなく、孤独になるからつらいんですよね。日記もそうだし筋トレもジョギングも全部そうです。

孤独になる、脳を自分独りの状態にする、という状態に慣れておいた方が良いと思っています。スマホを持たずに散歩をしましょう。配信を流さずに登場人物の少ないゲームをしましょう。そうやって脳を鍛えていくしかありません。

その上で自分のことが好きになれたら御の字です。淡々と生活していくしかないですね。ほんと。