金縛りにあい、松本人志の新作コントで震える

金縛りにあった

金縛りに合いました。追い込まれるような精神状態で夜中に起きてしまい、寝ているのか寝ていないのか中途半端な意識で横になっていたら金縛りになりました。

一昨夜のことです。最近はあまり心の状態がよろしくなく、その上で禍話を連日のように聞いていたのが悪かったのでしょう。普通に恐怖体験でした。

ただの金縛りならともかく、布団の上に何かが乗っかっているような感覚もありました。うわぁと流石にパニックになりかけたのですが、そのままだと状況がより一層悪くなると思ったので急いで呼吸を整え、腹に気合を入れて大きな声を出しました。

実際には出そうと思ってもなかなか声が出ませんでした。声を出そうとしても出せない状況ってあるんですね。ビックリしました。かぼそい声から始まり徐々に出せるようになってきたので、最後には何か喚いて金縛りを解除しました。

今は別に怖くはありませんが、金縛りに合っている最中は本当に怖かったです。身体が動くようになったのでひとまず布団を被って、楽しいことをいくらか考え、その上で気合を込めて部屋から邪気を払うイメージを保ち続けました。

ようやく布団から出られたのは外が明るくなってきてからです。それまではあまり動く気になれませんでした。いやはや、こんな明確に金縛りに合ったのはもしかしたら初めてかもしれません。人間って不思議ですね。

最近はDMAEも飲んでいました。これは夢が鮮明になるという代物なんですが、それと同時に睡眠中の意識状態にも何か変化が起こっていたのかもしれません。金縛り、つまり頭は起きていて身体が寝ている状態に何らかの形で作用したとしても納得がいきます。

禍話の影響も大きいでしょう。あれを聞いていると明確に意識状態が変わります。変性意識に近いというか、現実の見え方が変わってくるというか。少し現実というものから遊離した状態になります。その状態が絵の練習をするのに適しているからたびたび聞いていたのですが。

あまりにも意識を別の場所に飛ばしすぎると、精神状態によっては今回のような恐怖体験も起こり得るということなのでしょう。だけども地に足を付けすぎていても絵を描いたりなんかはできない。なかなか難しいものですね。

松本人志の新作コント

『キングオブコントの会』を見ました。これがすごかった。1つ1つのコントの感想を書きたいくらいなのですが、あいにく時間がありません。重要なことだけかきます。一番笑ったのは『キャンプ』で、松本人志は確かに天才でした。

『キャンプ』についていうことはありません。全員の演技がうまかったのは前提として、さまぁ~ず大竹の哀愁で腹を抱えて笑ってしまいました。『キャンプ』が好きな人とは話が合うと思います。

それはそれとして、松本人志の新作コント。これがすごかった。久々に震えました。数ヶ月に1回くらいの頻度でこういうことがあります。震えるほど面白いコンテンツ。それが松本人志の新作コントでした。

笑えたという意味では『キャンプ』の方が上でしたが、それとこれとは話が違います。20年ぶりの民放新作コントです。NHKでやっていたものがありましたが、あれは面白くありませんでした。自分もあまり期待はしていませんでした。でも周囲に実力は芸人がたくさんいるので、そういった人たちと共演することで普通に面白いレベルにはなるんじゃないかな、程度に思っていました。

ところが松本人志は天才でした。『おめでとう』と『管理人』が松本人志の出演コントです。前者は松本人志が主役とはいえ、他の芸人もたくさん出てくるお祭り型のコントです。こちらもすごかったんですが、『管理人』には舌を巻きました。

『管理人』の説明はしないのでとにかく見たほうが良いです。できれば『管理人』だけ見るのではなく、キングオブコントの会を全部見た上で最後に『管理人』を見た方が良いです。感動の度合いが違います。なんというか、コントの歴史というか、松本人志が作り上げたもの、その総体を感じることができました。

キングオブコントの会も色々なジャンルのコントがあって凄かったんですが、それを含めて最後の『管理人』で締められた感じがします。あぁ、松本人志という天才が過去にコントの歴史を切り開いて、そこから花咲いた数々のコントがここに集ったんだなぁというか、歴史の連なり、ミームの伝染、人の歴史、人間讃歌がそこにはありました。

そして本当に嬉しかったです。往年の松本人志ファンはマジであれを見て泣いたんじゃないだろうか。松本人志が天才だと言われていた頃から20年が空いています。映画を撮影した後の松本人志は確実に「かつては天才だった人」扱いだったと思います。それはそれで仕方がない。人は寄る年波には勝てませんから。

でもまだその天才性は松本人志の中には残っていました。残っていたというか、もしかしたらかき集めて来たものなのかもしれません。世相は常に変わり続けています。お笑いの感覚も生きている限りは古くなり続けます。それでも他の最前線で戦っているコント師たちと遜色の無いお笑いコントを作ることができる。しかも他の模倣ではなくて独自の世界観で。間違いなく天才のものでした。その上で松本人志の想いみたいなものまで勝手に感じてしまいました。

本当に感謝しかありません。シン・エヴァンゲリオンを見たときにも思いました。年をとってもまだその才能を枯らさずに、かつてのものをグレードアップして令和の時代に提供してくれる天才たち。彼らに対する思いは感謝です。松本人志なんてコントの側に戻ってくる必要はもう無いんですから。司会や判定だけしていれば良い立ち位置の人間です。それがプレイヤー側に戻ってきて素晴らしいものを見せてくれる。それだけで感謝するべきです。

『管理人』を総評することはできません。まぁ分析というかこういう話だったよ、といえるというか。『おめでとう』でもみられた松本人志の狂人に対する洞察とか、全体に通底している毒だとか、そういうものを挙げることはできます。でもまぁ良いじゃないですか。見れば分かります。ごっつええ感じの頃の松本人志でした。天才性が発露されていました。

こちらこそありがとう、おめでとうと言いたい気分です。なんか頑張ろうという気持ちになれました。生きていると数ヶ月に1回はこういうことがありますね。ありがとう松本人志。

「俺って才能ね~~~」と思いながら絵を描いています。でもまあ良くないですか? 才能とか無くても。そこそこ楽しければ御の字です。というわけでほぼ毎日絵の練習をしています。

絵の練習をしておくとその日に納得が行くというか、よく眠れる気がします。やっていれば徐々に成長が見られるからでしょうか。まぁ才能が無かったとしても淡々とやっていきましょう。日々を淡々と過ごせればそれで御の字です。

最近はようやく模写ではなくて自分の二次創作絵らしきものが描けるようになってきました。なんだか模写をしていると「いやでも自分で描きたいな」という気持ちが湧いてきます。以前はそうした現象は起こりませんでした。これはこれで良い変化です。

そもそも何を描けば良いか分からないとか、描きたいものが無い問題とかありますけれども、これらって技術があれば解決するのかもしれません。たとえば今だって描けるなら麦わら帽子を被ってこちらに微笑みかける星宮いちごの絵が描きたいですからね。うまく描けない、漠然としたイメージはあるものの詳細がイメージできないから描くことができません。

あとはまぁ走ってたら転んでアスファルトの地面で横たわって泣いているNYN姉貴とか。別にいくらでもそういう発想は出てくるわけです。それをどう形にすれば良いのか全く分からないから描けない訳ですね。

これを解決するには淡々と模写をし続けて、記号を頭にインプットしていくしかないんだろうなと思います。服とかを自分で描いてみると、何がどうなっているのか全く分かりません。まぁ、漠然とした形とかは描けますが、詳細にどこがどう動くのか、そもそも斜めから見たらどう見えるのか、陰影や奥行きはどうなっているのか、そういったことが全く分からないわけです。

これを解決するには適切に模写するしかないんじゃないかなと思っています。やっていれば徐々に覚えてきますしね。記号化についてもインプットされていくんじゃないでしょうか。練習あるのみという感じですね。

あとは続けられるかどうかだなぁと思います。色々な事情によって趣味が続かなくなることは度々起こります。それが起こらないように祈る、自分でも頑張っていく、日記を書いて自己の在り方を維持していく、そうやっていくしかありません。あとサプリは飲んで運動をする。

なぜ趣味が続かないのかっていうと、漠然とした長大な時間の流れに嫌気が差すからな気がします。どういうことかというと、絵がまともに描けるようになるには、少なくとも数ヶ月単位の練習が必要です。でも数ヶ月ってなに? って感じがします。そんなの本当に続くの? という不安感。

まぁ、毎日今やるべきことをやっていくしかないのでしょう。それが人生というものです。外に行って散歩して、深呼吸してやるべきことをやる。その繰り返しです。金縛りにあったり心を壊さないようにしながら生きていこうと思います。