【創作】みんなで桃鉄

登場人物



このメンバーで桃鉄をプレイするのは数年ぶりだった。とてくん、むったん、つらくん、そして僕。昔は暇さえあれば一緒にゲームをプレイしていたメンバーだ。とてくんがやりたいと言い出したことで今回の場が実現した。

「よっしゃ、特急周遊カードきちゃ。北海道まで一瞬で行けちゃうね」

とてくんがはしゃいでいる。次の目的地は北海道の釧路だった。すでに何回もゴールを奪われている僕らにとっては面白くない展開だ。

「とてくんは良いなぁ……オレなんてカードが一枚も無いよ。さっき銀次にスられたから金も無いし、冬だし周りに赤マスしかないしオレはもう駄目だよ」

先程から1回も目的地に止まれないむったんが嘆いている。

「まえ北海道に行ったときキツネが道に転がってたん。きっとむったんみたいな人が轢いてったんだろうね。うんちがピューってなってた。これが悪いことをしたバツなんやで」

喚いているのはつらくんだ。

「俺は何も悪いことしてないよ……いや、してたかも。してたからこうなってるのかも……」

「キツネの呪いだ。お祓いしないとエキノコックスになるねん。おちんちん触る前に良く手洗った? エキノコックスがタマタマに感染するねん」

「え、トイレの後は欠かさず手洗いしてるけど……」

つらくんは千葉房総半島のカードエリアをぐるぐる回っていた。ナイスカードマスに止まるたびに放屁音を口で再現している。「ぷぅ~」だったり「プシュー」だったり「ぷっぷぷー」だったりとバリエーションを変えてくるのが神経に障る。



「うちは気にせず北海道行っちゃうからね。邪魔するなら邪魔してもええよ」

「邪魔できるカードがあらへん。あっ、うんちカードきたきた。ぷりっぷりっ」

「また赤マス止まっちゃった……もう売れる物件が無いよ……誰か徳政令カード持ってない?」

みんなが各々に楽しんでいるなか貧乏神は僕のもとについていた。さっきとてくんが目的地に到着したとき、運悪く一番離れた場所にいた。ぶっとびカードを乱用しすぎたツケが出たのだ。

僕のターンになった。貧乏神は「物件を売るりん売るりん」と言いながら、僕がチマチマと青マスで貯めた金で購入した物件を売っていく。どうしてこんな目に合わなくちゃならないんだ。

どうにかして誰かに貧乏神をなすりつけたいところだ。つらくんは狂ったようにカードを貯めている。移動系カードも防御系カードもフルに持っている。どうせなら現在1位のとてくんに付けたいところだけども遠すぎる。狙うならむったんだ。

「むったん、ごめん!」

僕は機をついて急行カードを使い、むったんに貧乏神をなすりつけた。

「あーまたオレが貧乏神じゃん。そろそろ変身するんじゃない? でもまあいいか……もう借金まみれだし……」



「よっしゃゴール!」

僕らが関東圏でワチャワチャとしている間にとてくんは釧路へ到着していた。資金が増えて物件を購入する。このままでは何もできないままに負けてしまう。なんとかしなくては。

「あ、みんなちょっとごめん。電話だ」

むったんが唐突に通話をミュートにして居なくなった。

僕は場を持たせるために

「むったん居なくなっちゃったね。また仕事か何かかな」

と振った。

むったんはいつも仕事で忙しい。休日に遊ぶ約束をしていても謝罪メッセージと共に予定が立ち消えになることがたびたびあった。飲み会で会うときにそんなむったんへ転職や退職を勧めるのだが、それが聞き入れられたことはなかった。

「仕事の電話ってこんな時間に来るもんなん?」

とてくんが疑問を呈する。

「いや、普通は来ないけど。むったんのところブラックっぽいし、夜も休日も関係ないんじゃない?」

「そんなんじゃ楽しくなれないよ」

それはどういう意味? と詳しく聞こうとしたところで、むったんのミュートマークが消えた。電話を終えて帰ってきたのだ。

「みんなごめん」 「どしたん?」 「先輩から電話が来て……それで今から職場に行かなきゃならんかもしれん」 「まじで?」 「いや、行かないといけないっぽい。だから途中で抜けるよ。悪いけども」

むったんがそう言った後、一瞬の空白があった。みんな何を言えば良いのか分からず息詰まったのだ。さっきまでの楽しい雰囲気が急速にしぼんでいくのが感じられた。

「むったんさあ、だから言ったじゃん。もう仕事やめて日本一周に行っちゃわない? 桃鉄みたいにさ」

と僕は言った。何も言うことがなくなるとついつい面白くもないことを言ってしまう。

「そういうわけにはいかないよ。仕事は仕事だからね。でも本当にごめん。今度休みの日にまた続きをやろう」

「うーん、仕方がないっか」

とてくんは渋々承知する。

「とてくんもみぬまくんもそれでいいの? うちは許せへん。うちも仕事しとんねん。みぬまくんも仕事しとんねん。でも桃鉄をやるためにここへ来たん。むったん、それで良いんか? リアルでも貧乏神付いてへんか? うちには見える。むったんの後ろの貧乏神が毎ターンごとに仕事をむったんに投げつけとる。うんこやねん、うんこ」

つらくんが余計なことを言った。

「いいじゃんもう。とてくんも仕方がないって言ってるし。僕は別に来週とかでもいいよ。今日は結構長くやったから疲れたし」

「つらくんもごめん! 俺もやりたいけど今日はごめんな。来週に回させて。何かしら埋め合わせはするからさ。今日のところは落ちさせて」

「うちは許さへんからな……」

むったんはハハハッと笑った後に「それじゃ」と言って落ちていった。両手をあわせて会釈する姿が目に浮かぶような口調だった。残された僕ら三人はそのままの流れで解散した。discordでとてくんが「続きは来週の休みかな」と呟いていたので僕は笑顔の絵文字でリアクションをしておいた。



桃鉄のような小イベントからでも日常へ戻れば月日の流れるスピードは早い。気がつくと一週間近くが経過していた。discord上ではむったんが「明日の休日は暇だから桃鉄できるよ。この前みたいに仕事は絶対に入らないから安心して」と言っている。

気がかりだったのはここ数日つらくんの姿を見ていないことだ。気がついた頃にはいなくなっており、Twitterでもdiscordでも姿を現さない。桃鉄をやる予定の休日になってもつらくんは姿を消したままだった。

そのまま一週間、二週間と過ぎた。僕らは桃鉄がプレイしたかったが時間が過ぎればその熱も冷めていく。メンバーが揃わないと桃鉄は再開できない。一人欠けているのであればどうしようもない。初めはむったんも桃鉄ができないことを気にしていたが、次第にその話題は少なくなっていった。

つらくんが姿を消すことはたびたびあったので、彼が居ない状況にはみんな慣れていた。でもある日、とてくんがとあるツイートをdiscordに貼ってから状況は一変した。そこにはこう書かれてあった。

『配信者 津浦和 の親族です。津浦和は令和○年○月○日に天国へ旅立ちました。生前津浦和と親しくしてくださった皆様に感謝申し上げます』

discord上にはとてくん、むったん、僕以外にも複数の人間がいたが、反応はまちまちだった。信じる者、信じない者。心配する者、嘲笑する者。三者三様にみんなが騒ぎ立てたが、つらくんがオンラインになることは無かった。



深夜にdisocrdを覗いてみるとむったんが居た。僕はむったんも心配だったので話しかけることにした。

『むったんは最近どうなん? 仕事は休日とかちゃんと取れるの?』

『みぬまくん、俺はもうダメかもしれない』

僕は通話をすることにした。通話用のチャンネルへインするとむったんもすぐに入ってきた。

「こんばんわ」

「こんばんわ。俺、最近よく眠れないんだ」

「どしたん? 仕事のストレスとかそういうの?」

「いや、それもあるけど。本当かどうかは分からないけど、つらくんが死んだって話があったじゃん。あのツイートを見て以来、なんだか調子が悪くて……」

「まあ、あれは物議を醸したからね。僕らもほんの少し前までここでつらくんと話してたわけだし、あれが捻くれた引退報告だったとしてもショックを受けるのは仕方がないよ」

僕はそこで例のツイートをブラウザで開き読み返してみた。リプライがいくつかついている。掲示板とは異なり匿名性が薄いぶん多少はマシだが、半分以上はツイート内容を揶揄するような内容だった。

「俺さ、思うんだけどつらくんは本当に死んじゃった気がするんだよね」

「え……ちょっと変な感じはするけどね。僕はまだ信用はしてないよ」

「この前につらくんと桃鉄やってたじゃん? 俺が仕事で途中で帰っちゃったやつ。他にとてくんも一緒にいて」

「あーはいはい、あれは楽しかったね」

「つらくんが死んじゃったとしたらあの桃鉄ってもうずっと完結しないわけじゃん。ああそれって俺のせいだなと思って。つらくん言ってたじゃん。お前が悪いって。ああ桃鉄が終わらなかったのも俺のせいだなって」

「いやそれは考えすぎじゃない? 考えすぎだよ」

「違うよ。あのとき桃鉄よりも仕事を優先したのは俺だし、そのせいで桃鉄も完結できなかったわけじゃない。やっぱり俺が悪いよ」

「うーん……」

そんなことはない、と伝えたかったが僕には言葉が思い浮かばなかった。桃鉄が中断されたあの日、むったんが仕事で抜けたときに半分は仕方ないと思いつつも、半分は仕事で抜けるなんてしょうもないなあという気持ちも確かにあったのだ。

「そうやって毎晩考えていると、眠れなくなっちゃってさ。仕事にも身が入らないし、最近すごく疲れてて……」

「仕事はちょっと休んだらどう? 今のむったんなら病院に行けば普通に診断書が貰えると思うよ。冗談じゃなくてマジに休んだ方が良いと思う」

「休むのはなぁ……それはそうなんだけど、仕事は休めないから……今日はありがとう。少しは気が楽になったよ。ネット上の知り合いと話すのは楽しいね」

「うん、いや別にいつでも暇してるから話にきてよ。仕事は休んだ方が良いよマジに」

「ちょっと考えてみる。眠いから寝るよ。おやすみなさい」

「おやすみ」



「ってなことがこの前にあってさ。僕はむったんが心配だよ。どうにかして仕事を休ませたりできないかな?」

数日後、僕はいつものようにdiscordでお喋りをしていた。

「むったん元気ないんだ。うちらが励ましてあげなきゃ。ねえモニさん」

「そうは言ってもむったんって仕事中毒じゃなかった? むったんみたいな奴は仕事させとけばええんよ。仕事をしているうちにきっと忘れていつの間にか元気になっとるで。それにコミュ強なんだからうちらみたいな陰キャよりもリアルで女の子と触れ合ってた方がええ」

モニさんはdiscord上の重鎮だった。悩みがある者がいればモニさんに相談し、遊びたい相手が欲しければモニさんを勧誘した。桃鉄をやってた日は「俺はそんなもんには付き合わん。仕事があるでな」と言ってログアウトしていた。

僕はモニさんへ振ってくれたとてくんに感謝した。モニさんは僕の意見は無視したり馬鹿にしたりするが、とてくんの意見は真面目に受け取るのだった。

「モニさん、それはそうなんですけど本当にむったんはこのままじゃ病気になりますよ。鬱病の顔つきで一人暮らしの自室へ帰宅するむったんが目に浮かぶようですよ」

「とは言ってもなあ、つらくんは帰ってくる気配が無いし本当に死んだのかもかもしれんなあ。つらくんが生きてたら全て解決やし、帰ってくるのを待てばええんちゃう? 生きてるか死んでるかは知らんけど」

「つらくんは死んだんだ。もう呼んでも帰ってこないんだ。うちらも現実と向き合う時間が来たんだ」

とてくんがどこかのコピペじみたことを言った。

「つらくんは本当に死んじゃったんかなぁ……死んだにしても引退したにしても、つらくんが帰ってこない前提で考えないと。モニさんどうにかなりませんか?」

「君らすぐうちに頼るよね。もっと自立せなあかん。自分で考え自分で行動するのが大切なんよ。むったんは桃鉄できなかったことを気にしてたんでしょ? なんやねん桃鉄って。何がおもろいねん。また桃鉄でもやりながら君らが励ましてあげればええやん」

「……そうだ。それですよ!」

「どしたん急に。みぬまくんってたまにガイジになるよね。たまにじゃなくて頻繁にか」

「あの中断してた桃鉄あるじゃないですか。あれを再開して完結させてあげればむったんの気も晴れると思うんですよ。僕らの手で桃鉄を完結させるんです」

「それってつらくんのSwitchが必要とちゃうん?」

「あ、そうかもしれません」

「なあなんでうちがそれを思いついてみぬまくんがそれを思いつかんねん。うちは桃鉄を持ってへんねんぞ。君らみたいにアホしとる余裕もあるわけやあらへん。むったんも同じで仕事してんねん。むしろ君らがむったんに感謝すべきやと思うよ。貴重な時間を割いて一緒に桃鉄してもらってるわけやからね」

「そうだ、それならモニさんも含めて普通に桃鉄しませんか? とてくん、僕、むったん、そしてモニさんで桃鉄を完走するんです」

「きみ、うちの話聞いとったか? 桃鉄を買う金なんてあらへん。高いねん。どうせ1回しかプレイしないでしょ? そんなん金をドブに捨てるようなもんやん。桃鉄なんてどれやったって一緒やろ。令和版って何が令和なん?」

「持ってないなら無理は言えないですね……」

「えー、うちはモニさんと令和桃鉄したいけど。4人でできたら絶対楽しいやつじゃん。みんなでやろうよ」

とてくんが乗り気になった。後はモニさんを説得するだけだ。むったんはどうにかなるだろう。

「桃鉄なあ……まあ考えてみるわ。もう年末だし仕事納めは自由にできるでな。仕事せんかったら暇やし桃鉄もできるんよ」

さっきまでとは打って変わってモニさんも乗り気になっている。手のひら返しが早すぎるだろと思わないでもなかったが、余計な水をさしたくないので飲み込むことにした。

「それならちょっと考えておいて下さい。モニさんができるとなったらむったんの都合は僕がどうにか取り付けます」

「4人でやる桃鉄楽しみだなー」

「どうせ暇やったらアニメ見るだけやしもう見たいアニメもあらへんしな。桃鉄は考えとくで。まあ期待しないでいてくれや」

とりあえずの結論が出たのでその場は解散となった。



師走の時の流れは早い。あれやこれやという間に年末にさしかかっていた。モニさんはとっくに仕事納めをしたと言っていた。僕はむったんとたまにポツポツとしたやり取りをしつつ、年末に暇があるかどうかを確認したりしていた。年末も忙しいらしいがどうにか休日は確保できたらしい。

クリスマスが過ぎた辺りでモニさんが『桃鉄がプレイできそう。姉貴が持っとった』と報告してきた。こんな季節だというのにわざわざ連絡を取ってくれたのだろう。ありがたい報告だったので『まさにクリスマスプレゼントですね』と書いたら『なに言っとん? きちんと感謝せえよ』と返ってきた。僕はゲロを吐いてる顔文字でリアクションをした。

モニさんの桃鉄の都合、むったんの休日の都合が共についたことで桃鉄をやる日が決まった。



当日は朝から特に寒い1日だった。家の中には暖房を入れていたものの、屋外から寒さが忍び込んで身体に鳥肌を立てた。

『桃鉄の時間だよ。うちらの準備は万全やねん』

早い時間からとてくんがボイチャに入って全体へメンションを飛ばしている。むったんは『もうちょいで家事が終わりそうだから待ってて』と言っており、その少し後にモニさんもボイチャへ入るのが見えた。

僕もボイチャへ入ってみるとモニさんととてくんが何やら喋っている途中だった。

「……に中途覚醒するし今日はめちゃくちゃ寒いしあんまコンディションが良くないねん。昨日も異様な夢を見たんよな。内容は何も覚えてへんけど。今日さむない?」

「モニさん、うちはもう暖房をガンガンに入れとる。ガンガンに入れた上で筋トレしとる」

「うちは暖房をケチるからいけないんやろな。ちょっとまって、さすがにゲームを始める前にエアコン入れるわ。……リモコンがあらへん。どこ行ったんよ全く。あったあった。……付かへん。エアコンが付かないんよ。電池でも切れとるんか? まあ今日はええやろもう」

「僕も暖房は入れてますね」

「お、みぬまもおったんか? とてくんとは違ってキミ、最近は筋トレもサボっとるやろ? サボった分だけ代謝が落ちて寒さに弱くなるんよ。うちらはそういうところがあかん。何事も続かん」

「あと養命酒も飲んでます」

「なんなん養命酒って。キミまたTwitterに影響されたんか? 最近流行っとったろ。なんでもかんでもブームになりくさりおって。あんなん見てたら頭わるうなるで。ただでさえうちらはハッタショなのに」

「いや、養命酒は昔から……」

と僕が言いかけたところでむったんがボイチャへ入ってきた。

「みんなごめん、少し遅れちゃった。桃鉄まだ始まってないよね?」

「むったんこんにちわ~」

「むったん久しぶりやね。まともに喋るのは数カ月ぶりとちゃう? 最近仕事どうなん? まだ忙しい忙しい言うとるんか」

「お久しぶりです。最近は仕事量を減らしてもらっているのでそうでもないですよ。遅れてすみません」

「それはもうええねん。今日はきちんと最後までプレイできるんか? それが重要やねんで。10年でやるんやぞ10年で。うつら途中で飽きたりするからめっちゃ時間かかるで」

「今日は大丈夫です。何があっても途中抜けはありません」

「ほうか。それならええねん」

僕たちは桃鉄を開始した。



「よっしゃ、ぶっとび周遊カードきちゃ。これで目的地までひとっとびだね」

とてくんが良いカードを手に入れてはしゃいでいる。全員が次の目的地まで40コマ以上離れていた。地道にサイコロを振って進むには骨が折れる距離だ。

「やっぱとてくんは持ってるんよなあ。なあみぬま、貧乏神が付くのはいつだってうちらみたいな人間なんよ。とてくんの元には付かへん。そういう運命の下にあるんよ」

そう言いながらモニさんは特急カードを使い僕に貧乏神をなすりつけてきた。

「俺はカードが一枚も無いよ。なんか良いカード出ないかなぁ……あ、リトルデビルカードだ。うーん……」

「そーれぶっとびぶっとび。あ、良い場所に飛べたかも。連続一番乗りができちゃうね」

桃鉄をプレイしていると流れじみた物の存在を感じる。ツイている者はより富み、ツイてない者はより貧乏になっていく。今日の自分は可もなく不可もなくだった。そう考えていたとき、唐突に僕の車両がプルプルと震えだした。

「絶好調きました。先に謝っておきますがモニさんすみません」

なんの脈絡もなく絶好調モードに入った。数カ月の間だけ無条件にサイコロを3個振ることができる。

「なにを謝ってるねん。うちらはここで貧乏神のなすり合いをしているくらいが丁度ええねん。付けてみたらええ。うちは何にも気にはせん」

モニさんがカードを確認する。急行系と便利系のカードを数枚ずつバランス良く所持していた。その中にはうんちカードもあった。

「さっき言ったことは取り消すわ。うんちで遠回りしてくれや、なあみぬま」

僕の経路上にうんちがドッサリと降ってきた。これではモニさんに貧乏神を擦り付けることができない。他の経路上にはむったんがちんたらと進んでいるのが見えた。



「次のターンでゴールしたいねん。運否天賦、サイコロ運がものを言うんよ」

とてくんはゴール目前だ。僕は貧乏神をなすりつける相手としてむったんを目標に定めた。

「むったん、ごめん!」

サイコロを3つ振り経路を迂回してむったんの車両を追い越す。貧乏神はむったんの元に付いた。絶好調にもなったばかりだから当分の間は貧乏神を心配しなくて済む。

「あー、俺のところに来ちゃったかあ。カードも無いしどうするかなあ……もう千葉に行っていい?」

むったんは千葉房総半島のカードエリアへ向かった。この状況では懸命な判断だろう。目的地から一番遠いのはむったんだったし、とてくんがゴールしたら貧乏神がつくのはむったんであることは確実だ。そのときに打つ手が無いと貧乏神のなすがままになってしまう。

「むったんずるっこだ。玉なしむったんだ。ん……? よっしゃゴール!」

とてくんが目的地に着いた。到着時の賞金に加え、2連続ゴールの賞金が振り込まれる。貧乏神はむったんの元へ付いた。

「人生は苦もあれば楽もあるんよ。むったんが房総半島で苦しんどることにも意味がある。うちらは気楽に旅をするけれども、それもむったんのおかげなんよ。感謝するで」

そう言いながらモニさんは急行系カードで次の目的地へ向かう。そこまで遠くはない。一番遠いのは未だにむったんだった。

「これそろそろキングボンビーになっちゃうんじゃない? なんかそんな予感がするよ俺。どうしたら良いかなぁ……」

僕もサイコロを3つ振ってゴールへ向かった。とてくんは普通にサイコロを振ってカードマスに止まると急行周遊カードを手に入れていた。場の流れはすでにできている。



「あ、電話だ」

むったんが言った。一瞬すべてのマイクが無音になりボイチャが静まりかえった。だがすぐにモニさんが

「また仕事か? 仕事だったら死んでも断ったれよ」

と言った。

「絶対に断ります。さすがにあれだけ言ったから仕事の電話じゃないとは思うけど……」

むったんがミュートになり居なくなる。

「また電話ですか。むったん大丈夫ですかね」

「どんなもんでも断ったらええねん。むったんに足りてないのはそういう心意気よ。死んだと思って断ったれ。うちはそうして自由を手に入れてきた」

などと言っているうちにむったんのミュートマークが消えた。戻ってきたのだ。

僕は「で、どうだった?」と何気なく聞いた。

「それがなんかおかしくて……電話を取ったんだけどずっと無言なんだよね。喋りかけても何も返ってこないし、どうにも変なんだよ。非通知設定になってたし」

「うーん、まあ仕事の電話じゃなくて良かったよ。桃鉄はできるんだよね?」

「バッチリ。任せておいて」

むったんの言葉を合図に桃鉄が再開した。

僕はむったんが仕事で抜けなかったことで一安心した。桃鉄にかける姿勢が前回とは違う。実は僕も絶対に仕事が入ってこないように調整はしていた。

「むったん分かったか? 続けようと思えば続けられるねん。足りないのは意志よ。意志さえあれば桃鉄だって続けられるのよ。このまま10年目を目指すで」



気づけば10年の桃鉄も後半戦にさしかかっていた。この調子であれば今回は無事に最後までたどり着けるだろう。最初の頃よりもみな真剣に桃鉄をプレイしている。

モニさんが順当に青マスへ止まる。むったんはさっきから無言のままカードマスを周遊している。カードが持ちきれなくなるまで続ける気だろうか。貧乏神はまだむったんに付いていたが、幸いにも不動産を売ったりカードを高額で売りつけたりするに留まっている。

とてくんはゴール目前だ。モニさんが今度は赤マスに止まっている。僕は絶好調モードのままゴールへ一直線。むったんはまたもやカードマスへ止まった。

むったんがうんちカードを引いた。

「あ、うんちカード来た。ぷりぷり、ぷりっ」

一瞬誰がそれを言ったのか分からなかった。数秒の間を置いたあと、遅れて誰の発言だったのかが分かった。むったんだ。discordのアイコンが点滅していた。

「え、むったん……?」

僕は恐る恐る聞いてみた。

「むったんは許さへん。うちだけは許さへんって言っとるやろ? 昨日も買い物に行ってん。マンマの書いたメモを持ってスーパーまでお使いしに行ってんよ。うち車が運転できるねんで。すごない? そしたら前に猫がおってん。そのまま轢いても良かったんやけど、そしたらリスナーのクズどもと一緒になってまうやろ? やから避けたん。猫が避けないからうちが避けてんよ」

画面上のとてくん社長はサイコロを振ってゴール寸前まで来ている。

「つらくん、来てくれたんだね」

「とてくんも気をつけた方がええで。一寸先はうんちのダムなん。一つの街と歴史がダムの底には沈んでるのよ」

「……なあみぬま、説明してくれや」

モニさんに言われるまでもなく、僕は黙って状況を整理していた。つらくんらしき人が喋っている。喋り方は完全につらくんだ。声は……むったんのようにも聞こえるし、つらくんのようにも聞こえる。二人の声がどういうものだったのかいまいち分からない。声が聞こえてくるときはむったんのアイコンが点滅している。

「僕にも分かりません。とてくんに聞いてください」

「もーっ、つらくんが来てくれたってことでしょ。こんなことあまりないんだから、積極的に話した方が得だよ?」

「なあみぬま、そういうもんなんか?」

「とてくんがそう言うならそうなんでしょうね」

「そういうもんなんか……うちも歳を取ったな。若いもんにはついていけへん」

僕もあまりついていけてなかったが、黙ってその場の成り行きに任せることにした。



「うーよっしゃ、ゴールなん!!」

とてくんがゴールした。目的地は新潟になった。一番近いのはむったん社長だ。

「うちはこのときを待っていたのよ。カードがありすぎてどれを使えばいいか分からないくらいやからね。なに使ってもゴールできる、今なら」

むったん社長を操るつらくんが急行系カードでゴールまで一気に近づく。僕はサイコロを3個振り、とてくんもそれに続く。

「なあみぬま、置いてかないでくれや」

モニさんの急行系カードが切れた。今までありがとうモニさん。

「津浦和って名前の由来は知っとるか? 埼玉の地名から取った名前なんよ。君らはそんなこと知らないだろうけどね」

むったん社長がゴールへ到着した。貧乏神はモニさんへ付く。

「これってどうすればええん?」

「誰かになすりつけるしかありませんね」

「ほうなん? みんな遠い気がすんのやけど」

「そうですね」

他の3人が順調にゴールへ近づいていくなか、モニさんはサイコロを1つ振っては1や2を出してばかりだった。カードもろくなものが出ない。そうこうしている内に貧乏神が変身を始めた。

「なあみぬま、これってどうすればええん?」

「見守るしかないですね」

「どうせ焦らせておいて赤ちゃんみたいなやつになるんやろ?」

貧乏神は一瞬だけミニボンビーになりかけたが反転してキングボンビーに変身した。世界が一気に暗くなる。

「モニさん、今までありがとう」

僕はさよならを告げた。

『キ~ングボンビー! モニ社長、お前を10泊11日ボンビラス星ツアーを連れてってやるぞ!』

「モニさん、モニさんのことは忘れないよ」

世界に青空が戻る。あとは残りの3人で仲良く目的地を目指すだけだ。平和な世界が訪れた。



「つらくんはさ、つらくんで良いんだよね? 今日はどうして来てくれたの?」

僕は気になっていたことを聞いてみた。ここで聞いておかないと一生聞く機会が無いと感じたからだ。

「悔しいやん? むったんが楽しそうに桃鉄やってるのにうちはできへんねん。うちは恨みつらみを残しとるのよ。段々ムカムカしてきて気付いたら電話してここにおんねん」

「そんなことができるんだ。すごいな」

いまいち分からなかったけどスゴさは感じられたのでそれを伝えた。

「期間延長カードを特急周遊に……きちゃ! 快適な電車の旅が続行だね」

とてくんがはしゃいでいる。毎度のことながらカード運が良い。

「いつでもできるわけやないねんで? 今日のむったんはうちのことを考えとった。桃鉄のプレイも少し似通ってたんよ。それに仕事と寝不足で疲れ切っとる。こんな好都合なことあらへんで」

「とてくん、そういうものなの?」

「ん? そういうもんやで」

そうなんだと思って僕は受け入れた。モニさんはさっきからボンビラス星を抜け出そうともがいている。ファーストチャレンジは失敗に終わった。抜け出すには3択ある出口から当たりを引かなければならないのだ。

「なんやねんボンビラス星って。これ絶対にあとから判定して失敗させとるやろ。小狡くてしょうもないゲームやでほんまに」

文句を言いつつサイコロを振っている。

「ここでうんちを……プリプリップリリ!」

つらくんがうんちカードを使ってたてくんの目の前にうんちをした。

「あ! ここでうんちはずるっこでしょ。悪い子は世にはばかるだね」

つらくんが急行カードで先を急ぐ。とてくんは特急周瑜カードを使って急ぐが遠回りだ。目的地は遠くない。どっちが先についてもおかしくはない。

「とてくん、今回ばかりはうちが先に行かせてもらうで」

つらくんがサイコロを2個振る。目的地へちょうど到着できる目がでた。

「んーしゃ!! ゴールや! 見たかリスナーども!」

リスナーは見てなかったが賞金を得たつらくんは喜んでいた。

「おめでとー」

とてくんは素直に祝っていた。

「なにが楽しいねんこのゲーム。もう二度とやらんわ。これ地球に戻ってもやれることないやろ。せいぜいみぬまに貧乏神をなすりつけることしか楽しみなことあらへん」

「モニさん、僕はたぶん結構順位が低いんできちんと上位の人を狙って下さい」

モニさんは地球の様子に興味を持つ余裕がないようだった。

「やっぱ桃鉄楽しいねんな。うち結構満足しとるで。みんな祝ってくれてありがとなん」

つらくんは嬉しそうだ。祝っていたのはたてくんだけだったが特につっこまなかった。野暮なことはしないに限る。

こうして桃鉄の時間がタラタラと続いていった。



桃鉄の10年が無事に終わった。結果はとてくんが1位、むったん社長が2位、僕が3位、モニさんが4位となった。

「一位だやった~~」

「惜しかったなー」

「でもあのうんちカードが使われた時は焦ったよ。迂回してる間にゴールされちゃったしね」

「ぷりぷり、ぷりりっ。一番好きなカードやからね。うんちカードの使い所が桃鉄を制すんよ」

「楽しかったなー。またやりたいね。ねえモニさん」

「ほうなん? うちはもう十分堪能したけど」

キングボンビーに全財産を巻き上げられて以来、モニさんの口数は少ない。

「途中までは調子が良かったんですけどね。僕も当分は桃鉄はやらなくて良い気分です」

画面には資産推移のグラフや各マスに止まった回数が表示されている。ここを過ぎれば桃鉄も終わりを迎える。

「つらくんはいつまで居れるの?」

とてくんが聞いた。

「そろそろ行かんとだね。戻ったらむったんにお礼言っておいてや。むったんみたいなもんがおるとうつらみたいなもんも楽しめて良いんよ」

「そうなんだ。じゃあむったんに感謝しないとだね」

「みんな元気でなー。うちはもう満足したからそうそう来んと思うけど。さよならなー」

「つらくんありがとー。またいつかー」

口を挟まずに居るうちにつらくんととてくんの間でお別れの挨拶が済んでいた。

「モニさん、もしかして僕らもお別れしといたほうがいいやつですか?」

「セオリー通りに考えるならそうやな」

「つらくん桃鉄楽しかったよ。あとで掲示板で配信催促しておくよー」

「ありがとな津浦和ー。もう来んでええからなー」

僕らは別れの挨拶をした。

「そういえばむったんは大丈夫なんですかね?」

「分からん。うちは余計なことをして悪いようになったら困るから何もせーへん」

「とてくんあとは頼んだよ」

「あれ、桃鉄は? 今から始めるんだっけ?」

むったんの声と口調だった。どうやら元に戻ったらしい。

「いや、桃鉄は終わったよ。むったんには悪いけど」

僕は経緯を説明した。つらくんが来たこと。むったんのおかげで桃鉄ができたとつらくんが感謝していたこと。むったん社長は2位になったこと。

「ちょっとにわかには信じられないな……でも桃鉄の結果はたしかに残ってるし……」

「あまり気にしない方がいいんじゃない? 身体もおかしなところないでしょ?」

「そうだね。途中から俺は桃鉄やれてないけど、二人でやれたと考えれば良いのかもしれない。チーム戦だ」

むったんは眠そうにそう言った。まだ寝起きみたいな気分なのかもしれない。

「そうそう。うちもつらくんと桃鉄できて楽しかったー」

「せやな、毎年の恒例にしたいな。降霊だけに」

「モニさん、今年1年を締めくくる言葉ありがとうございます」

「もっと感謝してくれてええんやで」

その後はなんとなしに雑談を続けて、ご飯時になったときに一人また一人と落ちていった。



それからも僕ととてくんとモニさんの生活ぶりは相変わらずだ。気分によってみんなで集まっては話をしたりゲームをしたりしている。むったんは相変わらず仕事が忙しいらしい。だけどたまには一緒にゲームをしてくれる。

むったん曰く「こうしてゲームをしてればまたつらくんが来てくれるかもしれないし、それに死後の世界のことを考えてたら仕事はどうでもよくなった」らしい。少し怪しい言い分だったが僕らはむったんとゲームができる機会が増えたので素直に喜んだ。

つらくんの配信は今に至るまで無いままだ。僕は津浦和掲示板に「はやく配信しろ」と書き込んだ。他にも「Twitter芸やめろ」「どうして配信せんの?」「おい」「カス」「二度と配信するな」といった書き込みがなされていた。つらくんは愛されているのだ。

僕はつらくんがまた配信してくれる日のことを想像しながら仕事へ戻った。