【創作】たてくんの居る場所

ネット上からたてくんが姿を消してから1ヶ月が経った。1週間目は単なる気まぐれだと思った。2週間目は忘れた頃に姿を現すさと自分に言い聞かせた。3週間目はたてくんが好きだったホラー動画を視聴して気を紛らわせた。4週間目にはたてくんの不在に皆が慣れ始めた。



たてくんと出会ったのは高校生の頃だ。もう10年以上も前になる。PSPに繋いだイヤホンを耳につけ、教室の片隅でアニメを視聴する姿が印象に残っている。

声をかけても気づかない。僕が目の前で手を上下にふるとたてくんは両耳からイヤホンを外し、もったりとした速度でこちらを向いた。

「チラッと見えたんだけど、それってとある魔術の……」
「禁書目録(インデックス)」
「そう、それ。いま放送してるやつだよね。どう面白い?」
「めちゃくちゃ面白い。見た方がええで」

その後今に至るまで"とある魔術の禁書目録"を僕が視聴することはなかったが、たてくんとはその会話がきっかけで互いを認識するようになった。

その当時の興味は主にインターネットにあった。たてくんもPSPにアニメを入れて視聴しているだけあって、インターネットには詳しい方だった。そうした共通の話題もあり、我々はよくつるんで遊んだ。

つるむといってもネット上でだ。帰宅してからチャット上で面白いアニメを共有したり、時には違法なファイルを渡し合ったり、同じゲームで遊んだり。

あれから10年以上の歳月が経った。けれどもやっていることはあの頃と同じだ。今ではたてくんは関西、僕は関東に住んでいるのでリアルで会うことはないけれど、ネットを介してくだらない情報を共有しあう関係は続いていた。



今になって思い返してみればネット上から居なくなる少し前のたてくんはどこか様子がおかしかった。それまでは毎日のようにやっていた配信も頻度が減り、Twitterでの呟きからは自分の意見が減ってRTばかりになっていた。今までのたてくんにはなかったことだ。

長い付き合いだ。いつもと違ったところがあれば僕にはすぐに分かる。たてくんのことが心配だった。

最初に「手遅れ」に気づいたのはたてくんの配信掲示板を覗いたときだ。リスナーから愛されている配信者の掲示板には配信がされていない時にも書き込みがある。リスナーはいつも寂しいのだ。休みの日に暇だった僕は、何の気なしにブラウザのブックマークからたてくんの掲示板へ飛んだ。

最近された書き込みを読んでみると「配信して」や「○○って映画みてみて」といった当たり障りの無いものがまず目についた。でもその中に「たてくんどこ行っちゃったの。帰ってきて」という書き込みがあった。

掲示板を過去に遡る。どうやらたてくんが最後に配信したのはその時から一週間前らしかった。Twitterを見ても一週間以上前のツイートが最後だった。内容はyoutubeのミュージックビデオを共有したもの。そこにコメントは無かった。

discordを見てもSteamを見てもオフラインだった。気づいた時にはたてくんはネット上から姿を消していた。



それから1ヶ月が経つ。たてくんは未だに音沙汰が無い。掲示板は阿鼻叫喚だった。たてくんの思い出を語る書き込み、誰でも良いからたてくんの安否を教えてほしいと懇願する書き込み、半ば荒らしのように「たてくん帰ってきて」を繰り返す書き込み、みんなが寂しがっていた。

それでも1ヶ月も経つとみんな疲れてくるようだ。書き込みは散発的になってきて、諦めている書き込みが増えてきていた。なかには追悼の書き込みをする者まで出始めた。

こんな状況はたてくんにとっても、たてくんと仲良かった人たちにとっても良いはずはない。僕はたてくんと配信外でやり取りをしていた人を何人か知っていた。けれども誰もたてくんの行方を知らなかった。

「minumaくんって確かたてくんのリアル友達だったよね?」

あるときdiscord上でそう聞かれた。そうですと答えると

「それならたてくんの安否を確認できたりしないかな。たてくんが無事かどうかだけでもみんな知りたがってるんだ」

discord上に居る人達はみな一様に同意する。

「頼みます」「今度奢るからさ」「minumaくんだけがたてくんに繋がる最後の綱だ」



みんなに頼まれた僕は行動を開始することにした。自分自身もたてくんの行方が気になっていたところだ。こんなにも唐突に繋がりが断たれるなんて納得がいかなかった。

僕とたてくんはリアル友達だとは言っても、ネット以外での連絡手段は持っていなかった。LINEも登録してないし、携帯電話の番号も知らない。知っていたらとっくの昔に連絡を入れている。

高校でクラスが一緒だったというだけの薄い関係だ。互いの家に遊びに行ったことはないし、どこかへ一緒に遊びに行くこともなかった。たてくんはいつも自分の世界を持っていて、僕はそこへ踏み入ることが少し怖かったのだ。遊びに誘うことも遊びに誘われることもなかった。ネット上だけで関係は完結していた。



僕はまず、自分の高校へ電話をしてみた。

「すみません。そちらの高校の卒業生なんですが……現在の連絡先を知りたい同級生が居るんですが、何かしら教えて貰うことってできないでしょうか……」

「連絡先ですか。こちらと致しましてはそういったことを教えるのはちょっと……同級生とはいえプライバシーの問題がありまして」

「あ、そうですよね。すいません。ありがとうございました」

「ごめんなさいね。そういうことなのでよろしくお願いします」

「はい」

僕は即座に電話を切った。自分でも無理があると分かっていたのですぐに引き下がってしまった。他の手段を考えなくてはならないらしい。僕は相談をするために配信を開始した。不安で仕方がなかったのだ。誰かに不安を聞いて貰いたかったし、慣れない電話で精神が消耗していた。

いつものように配信上でグチグチと、自分にはもう無理だし諦めようと思うと嘆いた。やれることはやった、とはいっても高校へ電話をしただけだが。そんなことを喋っていたら、たてくんが居なくなった寂しさを紛らわしに来たリスナーたちが、僕に攻撃をし始めた。

「お前さあ、電話した以外に何かしたのか? 諦めたっていうならこんな配信やめろ」

「いますぐ死ね」

「この前教えた○○ってマンガですけど読んできましたか」

「たてくんのことはもう諦めよう。お前は絶対に許さんがな」

ネット上にはキチガイしか居ない。自分もその一員だから文句は言えないが……僕を叩くばかりの書き込みにぐうの音も出ずに押し黙っていると、異常者が長文レスを書き込んできた。

「君は高学歴だからプライドが高くて、足を使って調査するってことを知らないんだね。ネットや電話だけで仕事ができるホワイトカラーはこれだからいけないよ。君みたいなプライドの高い人間は一生何かを成し遂げるってことはできないんだろうね」

僕が配信をするといつもこういう内容の書き込みがされるから慣れたものだった。普段なら一読して適当に流している書き込みだ。でもその時はこの書き込みにカチンと来てしまった。電話しかできず、すぐに折れた自分自身にも嫌気がさしていたのだろう。配信の勢いもあり

「ならたてくんの地元まで足を運んで見つけてくるわ。そうすりゃいいんだろ。高校だって直接行ったら対応を変えてくれるかもしれんし、ちょうど旅行がしたいと思ってたんだ」

売り言葉に買い言葉をしてしまった。



僕は有給を取り、たてくんの地元である姫路まで行くことにした。高校も姫路にあった。少し離れてはいるが駅とバスを乗り付けば辿り着ける。

姫路駅に着いた僕はせっかくだから姫路城まで足を運ぶことにした。前々から遠目に眺めることはあっても実際に登ったことはなかった。たてくん発見の願掛けと観光を兼ねて姫路で一番高い場所から街を見下ろしたくなったのだ。

姫路城は思ったよりも高かった。頂上まで登るだけで疲れ果ててしまった。けれども天辺の部屋には賽銭箱のついた社があり、お参りができるようになっていた。ここでたてくんの安否確認を祈れば霊験もあることだろう。

僕はお参りを済ませると窓から外を覗いてみた。姫路の街並みが一望できる。外から心地の良い風が吹いてくる。階段を登っている時にかいた汗が乾いていくのが感じられた。

頂上にくるまでに思ったよりも体力を消耗して頭がボーッとする。城下には人の群れが見えた。あそこを歩いている人たちは、こんな場所からこうして見られていることを知らないんだろうな。

ふと気付くと強烈な既視感に襲われた。どこかで見たことのある何かがある。僕は散逸した意識をかき集めて人混みに目を凝らした。するとそこには見覚えのあるシルエットがあった。太っちょでクリームパンみたいなおてて、顔はよく見えないが縁の太いメガネをかけている。もしかして、あれはたてくん……?

あたりを見渡すと観光地にはおなじみの双眼鏡が台座へ備え付けられている。今は子供が使っている。

「キミ、ちょっとごめん。双眼鏡を借りていい?」

子供はこちらを見ると頷き、怯えたように去っていった。旅の恥はかき捨てだ。世間体を気にしている場合ではない。僕は双眼鏡をのぞき、先ほどたてくんらしき影がいた辺りを覗いた。

1分ほど丹念に探してたがどこにも太っちょはいない。デブは何人かいたけども、あのフォルムではない。クリームパンみたいなおててではない。さっき見たシルエットはまさにたてくんのそれだった。双眼鏡で見ればすぐに分かる。

僕は諦めて双眼鏡から離れた後、姫路の街を長いこと眺めた。けれどもたてくんらしき人影をもう一度見つけることはできなかった。



次は高校へ直接行ってみることにした。電話対応では事務的に対応されたが、直接足を運べば少しは対応が変わってくるかもしれない。ダメで元々、足を運ぶことが大事なのだ。リスナーやdiscordの連中にも格好がつく。

僕は母校へやってきた。ここが正念場だ。対応を間違えて職員から何も聞き出せなかったら、あとはプロの探偵に金を払うしかなくなってしまう。そこまでするのは少し違う気がするし、ここで失敗したらこれ以上たてくんを追いかけることはしないだろうなと思った。

外来者用の窓口までやってきて覚悟を決める。自然にいけば大丈夫だ。

「すみません。こちらの卒業生の者なんですが……」

「お名前と卒業年を教えて頂けますか?」

「○○年に卒業した○○です。えーと身分証明書はこれで」

僕は免許証を差し出した。事務員は眉をひそめてそれを受け取る。

「ご用件はなんでしょうか?」

「あのー……実は在籍してた頃に同じクラスだった人の連絡先が知りたくて。最近音信不通になっちゃったんです。実家の連絡先でも教えてもらえればな、と」

「そういったことはこちらでは……」

「そこをなんとか。関東から足を運んでやってきたんです。このままじゃ帰れません。もう1ヶ月以上も音信不通で生きているか死んでいるかも分からないんです。……そうだ。そちらで安否の確認をして頂くことってできないでしょうか? 私に連絡先を教えてくれなくても良いので、確認の結果だけ教えてもらえれば良いです」

僕は捲し立てた。

「うーん……それであれば可能かもしれませんが……それでも確認が必要なので少々時間がかかります。お待ち頂けますか?」

「はい」

よし。これであればいけそうだ。最悪たてくんが生きていると確認できればそれで良い。

「であれば、その人の名前とクラスを教えて頂けますか?」

「そうですね。クラスは○組で、名前はえーっと……」

たてくんの名前? 僕が押し黙っていると事務員がこちらを怪訝そうに眺めてくる。

たてくんの本名……長いことネット上で"たてくん"としか呼んでなかったせいで、名前を忘れてしまった。

「すいません。名前をド忘れしてしまって……卒業アルバムとかって見せてもらうことってできませんか?」

「……それはできます。……○○年卒業の○○さんですよね。少しお待ちください。確認もしますので」

そのあと数分ほど窓口の片隅で待つことになった。たてくんの名前ってなんだっけ。10年間以上もの間、たてくんはたてくんだった。喉元まで出かかっているという感覚もなく、全く思い出せる気がしなかった。僕の中でたてくんはたてくんとして定着している。



事務員さんが卒業アルバムを持ってきた。愛想笑いをしながら丁寧にお礼を言って受け取る。

クラスの卒業生一覧のページを開く。自分の写真が貼ってあった。今の自分よりも不機嫌かつ不健康そうに見える。クラスメイトをざっと眺めてみる。今の今まで完全に忘れていた連中のことを思い出し、それがどこか他人の記憶のような感じがした。

肝心のたてくんはというと、クラスのどこを探しても見つからない。見れば分かるはずだ。太っちょのシルエット、太い縁のメガネ、クリームパンみたいなお手々。そのフォルムは高校時代から変わらない。卒業生一覧を一人ずつ確認しても見つからず、集合写真にもそんな人物は映っていなかった。

なにかの記憶間違いかもしれない。他のクラスの写真も探してみる。ふと見上げると訝しげにこちらを眺める事務員と目があった。曖昧に笑みを浮かべて会釈をする。

どこを探してもたてくんが居ない。たてくんは見つからないし、たてくんの名前も思い出せない。卒業アルバムを隅から隅まで調べてみた。何かの写真に写り込んでいる可能性もあるからだ。それでもたてくんは見つからなかった。

なんだか気分が悪くなってくる。高校時代のたてくんとの記憶を思い出そうとするがネット上でのやり取りばかりが思い浮かぶ。

僕は先程より一層不審げにこちらを見ている事務員に「すいません。少し気分が悪くて……もしかしたら他の学年だったのかもしれません。すいません」と謝り、半ば強引に卒業アルバムを返して足早に学校を出た。学校の敷地内を出る頃には今すぐにでも関東に帰ろうと心が決まっていた。



新幹線でその日のうちに東京駅へ着いた。あたりは暗くなっている。姫路も人が多かったとはいえ、東京駅と比べたら比較にならない。高校を出た頃からずっと気分が悪く、今すぐにでもベッドで横になりたい心地だ。

曖昧な意識で千葉へ向かう路線へ足を動かす。歩く距離が長くて憂鬱だ。人混みを避けながら淡々と歩く。淡々と……

ただ足元を見ながら歩いているだけなのに、視界の端に気になる影がチラついた。あれは一体なんだろう。疲れているので無視してホームへ向かいたかった。だけども気になってしまう。

思い切って首を持ち上げ顔を向けると、そこにはふとっちょのシルエットが居た。

あれはたてくん……? こんなところにたてくんが居るはずがない。そもそも関西住まいである。東京駅にたてくんは居ない。他人の空似に違いない。

けれども見れば見るほどそれはたてくんだった。むくむくとしたお手々。縁の太い眼鏡をかけている。きちんと確かめない訳にはいかない。僕はたてくんの方へ向かって早足で歩きだした。

ところが人通りの多い交差路でそのシルエットを見失ってしまった。ドッと疲れた。自分は何をしているんだろう。わざわざ関西まで行って特に何も得ずこうして帰ってきてまた疲れている。もう何も考えたくなかった。僕はどこにも寄らずに電車に乗って家に帰り、風呂にも入らずに寝た。



翌日、パソコンを開いてdiscordの知り合いたちに結果報告をした。アルバムにたてくんが居なかったことと名前を思い出せなかったことは伏せた。話がややこしくなるし、説明できるほどの気力も残っていなかった。

事務員にも断られ、特に足取りも掴めなかった旨を言い終えると、メンバーの一人がこんなことを言い出した。

「変なこと言うつもりはないんだけど、この前に街ナカへ遊びに行ったときにたてくんを見かけた気がするんだよね」

「見かけた気がする?」他のメンバーの一人が問いかける。

「いやだって俺の住んでる場所って関東の外れだし、たてくんが居るはずないじゃん。でもなんだか太っちょが居て、その人影を見たときになぜかそれがたてくんだと確信して追いかけちゃったんだよね。意味わからないんだけどさ」

「あ、それ自分も同じことこの前やりました」

聞いてみると何人かが同じ体験をしているらしい。太っちょ、太い縁のメガネ、クリームパンみたいなお手々……たてくんだと確信して追いかけても結局顔は確認できないまま見失ってしまう。

discord内は一種異様な雰囲気になりかけたが、誰かが「それだけたてくんの存在がみんなの中で大きかったのかもしれませんね」とまとめたことでその場は収まった。



僕は配信を開始した。リスナーにも報告するためだ。実際に関西まで行ったことを伝え、面倒なことは伏せてことの次第を説明した。

予想に反してリスナーたちの書き込みは僕に同情的だった。声には疲れが滲んでいたはずだし、そういうときには叩いてくるのがリスナーだ。優しさのこもった書き込みばかりが続き、逆に気持ちが悪くなってしまった。

あるリスナーがこんな書き込みをした。

「この前まではたてくんの配信が無くて寂しかったんだけど、不思議と今はそんなに寂しくないんだよね。この前なんかたてくんを見かけた気がしたし」

僕は後半部分には触れずに曖昧に同意した。安否の確認はできなかったけどたてくんは今も同じ空の下に居る気がするよ、たてくんが配信をしてくれるまで気長に待とう、と僕は言った。



それから数日が経った。いまいちネット上の人間たちとやりとりをする気分でなくなった僕は、現実で仕事に精を出していた。discordもあまり開くことはない。配信も見ないしPCを開いても一人でゲームをするばかりだった。

ある日、なんの気無しにたてくんの掲示板を覗いてみた。何かしらの進展は無いかと気になったのだ。配信もないのに一時期は狂ったように書き込みがなされていた掲示板も今では落ち着きを見せている。「たてくん……うつらは待ってる……」といった書き込みに混じり、こんな書き込みがあった。


「たてくんは偏在する」


それを読んだとき、論理的な意味は通じないのに妙に腑に落ちる感覚があった。そうだ。たてくんは偏在するのだ。それならば卒業アルバムに載っていることもないだろうし、たてくんの存在が確認できることもないだろう。なぜならたてくんはどこにでも居て、どこにも居ないのだから。

それ以来僕はネット上の関係にも復帰した。配信を見て書き込みをするし、配信をしては書き込みに笑うようになった。寂しいけれども不思議と寂しくなくなっていた。



現在は僕が音頭を取り、リスナーや有志を募ってたてくんの録画ファイルを集める活動をおこなっている。これを読んだ方もHDD内を漁ってみて、たてくんの録画ファイルが見つかったら是非御一報ください。もしたてくんが偏在していたとしても、たてくんの配信録画は一箇所に集めて共有することができる。みんなで協力していこうではありませんか。配信録画を通してであれば、僕らはたてくんの存在を確かめることができるのだから。