禁煙は全部分かった

まとめ

結局飽きる

1週間ほど前に約3ヶ月にわたるニコチン断ちを終わらせました。諸々のストレスが溜まっているのもあり、水タバコを吸って最高の気分になってしまったのです。

あれからほぼ毎日のように水タバコを吸いました。1日1回、昼間か夜に炭を焼き、フレーバーをセットし、水を入れて吸ってました。煙を吸って吐き出すのはとても愉快でした。

ところが最初はあんなにも最高だった水タバコも、1週間近く毎日のようにやっていると体験が色あせてきます。水タバコをセットするのがダルくなってくるばかりか、煙を吸って吐くのも飽きてきてしまいました。

ニコチンが摂取されるので多少は浮ついた気分になるものの、そこに「最高」はありませんでした。少しばかり良い気分になるだけです。

結局のところ水タバコも日常に取り込むのではなく、例外的に良いことがあった日や、よく晴れた休日にでもたまにやるのが一番良いのでしょう。ハレとケというやつです。祝祭はたまにやるから祝祭足り得るのです。

完全に断たなくても良い

意地でも紙タバコは買わなかったので、一応のところ紙タバコの禁煙は続いています。昨日今日と水タバコもやらずにニコチンは摂取しませんでしたが、そこまで辛くはありませんでした。喫煙の習慣やニコチン依存は抜けているようです。

水タバコの経験から思ったのは、完全な禁煙をしなくても良いかな、というところです。旅先で葉巻を吸ったり、どこかへ出掛けたついでに水タバコ屋に寄ったり、それくらいであれば娯楽として許容されるような気がしました。

ニコチン含有物質とうまく付き合っていくことが大切なんだと思います。喫煙を日常のものではなく、祝祭的なものにすること。アルコールの摂取を飲み会の時にだけ限るようなものでしょうか。

タバコには良い側面と悪い側面があります。良い面を知ってしまっている以上はそれを一生涯絶ちながら生きていくことはできません。何事もバランスだよなと思います。

禁煙は筋トレと同じ

また、久々にニコチンを摂取してみて思ったのは、禁煙は筋トレと一緒だなということです。筋トレをやらなくても生きていけるように、禁煙もやらなくても生きていけます。しかし、あえて禁煙をやるのです。

筋トレをするとバキバキだった身体が柔らかくなって日常生活が楽になったり、睡眠の質が向上したり疲れにくくなったりと、やればやるほど良いことがあります。やるのはダルいですが、それらの恩恵が受けられるから筋トレをやるのです。

禁煙の場合は簡単に説明できるメリットはそこまでありません。金銭的なものくらいです。しかしながら、禁煙をすることで脳が鍛えられている感覚があります。今までニコチンに頼っていた時間を、自分の意志でもって良くなるように頑張らなければならない。

例えば、ちょっと暇な時間があったら外の空気を吸いながらタバコを吸うだけで良い気分になれていました。今ではニコチンに頼れないので、外の空気を吸うことはできてもそこから良い気分を取り出すには試行錯誤をしなければなりません。遠くの景色を眺め、清浄な空気を吸い、足元をゆく虫たちに思いを馳せなければなりません。

あえて禁煙のメリットを挙げるとそこにあると思います。何かに頼らずに自分の頭だけで気分を良くすること。「気分を良くする筋肉」を鍛えている感覚でしょうか。簡単に言ってしまえば、安易な手段に頼らない分だけ色々なことができて楽しいね、ということです。

「ニコチンに頼れば一瞬で良い気分になれるのに、どうして頭を働かせて頑張らなきゃならないの?」という問いは常について回ります。けれどこれも筋トレと一緒です。筋トレ中だっていつも「こんなに辛いのに、どうして筋トレをしなきゃならないの?」と考えながら筋肉を酷使しています。

ドーパミンのコントロールを取り戻す

いまこうして文章を書いているのも、ニコチンが摂取できず頭が限界だったからです。いつものように紙巻きタバコを吸えていたらそれで満足してしまい、こうして何かを書くことも無かったでしょう。

水タバコを吸い、およそ3ヶ月ぶりに脳へニコチンを供給した時のことは覚えています。要はニコチンなしであの時の状態をどうにか再現すれば良いのです。文章を書いたり、プログラムを書いたり、誰かと会話したり、無理にでも本を読んだりしているとその時の感覚に少しだけ近づける気がします。

禁煙を始めてから生活や人生の退屈さを思い出せています。東京で忙しく働いてると忘れがちな感覚ですが、この退屈感も貴重なものです。行動を起こす原動力になってくれています。筋トレと同じくらい禁煙はつらいですが、このつらさを気持ちよくコントロールできるようになるまで頑張りたいと思います。