インターネットの死と虚無

インターネットは面白くなくなった。最近、というよりも、ここ1~2年はそのことばかりを考えている。理由は様々だが、AIに聞いてはその返答に納得している。この状態が、まさしくインターネットの面白くなさを示唆しているようにも思える。

さて、ではインターネットが面白くなくなったとしたら、一体何をすればいいというのか? 仕事なりバイクなりがあるが、それらもあくまでもインターネットという土台の上での面白さを追求していたようにも思える。故に、すべてが面白くなくなってはいる。

ゲームというのも、まあ民主化しきったなという感覚がある。アニメと一緒だ。閉じられた環境だからこそ面白かったし、圧力が発生したところが開かれてしまった。その結果として、コンテンツとしては面白いものは爆発的に増えたものの、あまり気持ちは入らなくなっている。

これはどの分野にも言えることだろう。いまの世界全体を通して、閉じられたコミュニティというのはほぼ存在していない。とはいえ、特定の趣味に自分が肩入れできていたら、なんらかは見つかるのだろう。自分にはそれが今のところ無くなっている。

それを考えると、今までは、インターネットの恩恵に浴していただけな気もしている。影響を与えるというよりも、受け身の姿勢だったということだ。面白い場があり、そこから影響を受けていただけとも言える。

どうすればいいのか? 蕎麦でも打つしかないのだろう。世の中とはそういうものだ。というよりは、人生とはそういうものと言える。興味の対象がインターネットだったがゆえの、今なのだろう。

とはいえ、いろんな人間が同じ体験をしてきているようにも思える。かつてはアニメというジャンルが隆盛を誇っていた時期があっただろうし、それが自分のものではなくなったときに、同じような感想を抱いた人間はたくさんいるのだろう。ゲームもそうだし、インターネットも同じだ。

とすれば、類型的な状態なのだとも言える。そして、今までその状態をあまり見かけなかったのは、そういった状態に陥った人間は口をつぐむからだろう。というよりも、口を開く気力を無くすといった方が良いかもしれない。

さて、そうなると、どうすればいいのか? 特にどうしようもない。どうしようもないので、ただ生きるしかない。そういう感じの今だという気がしている。

日記はもっと書いていくべきなのだろうな。せめて、それさえあれば、現在地点を確認することができる。とはいえ、明日書くかと言われたら、書かない気がしている。八方塞がりではある。どうにもできないなと悲しい気持ちだ。